心不全通信 No.10「心不全の薬物治療」

2023/02/02


心不全通信 No.10 2023年2月号を公開しました。

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、「心不全の薬物治療」について説明します。

  • 心不全で起こる変化(代償機転)
  • 心不全の治療薬の効き方
  • 心不全の治療目標
  • 心不全の薬物治療
  • 心不全を悪化させないためには
  • 薬に興味を持つことが大切!

心不全通信 No.10 2023年2月号

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。

今回は、「心不全の薬物治療」について説明します。

心不全で起こる変化(代償機転)

心不全になると全身に血液などの体液を循環させるポンプ機能が低下します。
このポンプ機能の低下を補うために、脈拍が増えたり血圧が高くなったりといった様々な変化(代償機転)が起こります。

代償機転には、心臓に負担をかけるもの(心筋障害因子)だけでなく、心臓に優しいもの(心筋保護因子)もあります。
心臓に負担がかかりすぎて、代償機転のバランスが心筋障害因子のほうに崩れると、息切れなどの心不全の症状が起こります。

心筋保護因子

ナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP、CNPなど)は、心不全になるとより多く分泌されるホルモンの1つで、血管を広げたり、余分な水分やナトリウムを尿中に排出させたりして、循環させなければいけない体液量を減少させて心臓の負担を減らします。

ANP 心房性(A型)ナトリウム利尿ペプチド
BNP 脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド
CNP C型ナトリウム利尿ペプチド

心筋障害因子

心不全になると循環する体液の量が減り、血圧が下がってくるので、これを修正するために、体液の量を増やして、血圧を上げるような変化がおきます。

交感神経

交感神経は亢進して、心拍数を増加させて心拍出量を増やすことで循環する体液量を増加させ、末梢血管を収縮させて血圧を上昇させます。

レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA 系)

RAA系という一連のホルモンの連携によって、血管を収縮させ、腎臓での水やナトリウムの再吸収を増やすことで、血圧を上げたり体液の量を増やしたりします。

抗利尿ホルモン

排尿量を減らすホルモン(抗利尿ホルモン)であるバソプレシンも血管収縮や腎臓での水の再吸収を増やすことによって、血圧を上げたり体液量を増やすように働きます。

心不全の治療薬の効き方

心不全の治療薬は、「心臓を保護する薬」「心臓を休ませる薬」「心臓を楽にする薬」「心臓を力づける薬」に分けると理解しやすいです。
これらの働きによって、心筋保護因子や心筋障害因子に作用して、崩れた代償機転のバランスを整えます。

心不全の治療薬

心臓を保護する薬 ACE阻害薬 ARB MRA ARNI
心臓を休ませる薬 β遮断薬 ジゴキシン イバブラジン
心臓を楽にする薬 利尿薬 SGLT2阻害薬
心臓を力づける薬 強心薬 ピモベンダン

心臓を保護する薬

ACE阻害薬:アンジオテンシン変換酵素阻害薬

ARB:アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬

心不全ではアンジオテンシンというホルモンが過剰に分泌されて体内のナトリウムの量が増えるので、心臓が循環させないといけない体液量が増え、血管も収縮して血圧が上昇するので、心臓に負担がかかります。
ACE阻害薬やARBは、アンジオテンシンの働きを抑えることで、心臓の負担を軽減し心臓を保護します。

副作用には、腎機能の低下、血圧の低下、血中カリウム値の上昇などがあります。
ACE 阻害薬では副作用として空咳がみられることがあり、副作用でACE阻害薬が使用できない時にはARBを使用します。

MRA:ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

MRAは、水分貯留や血圧上昇に関与するアルドステロンというホルモンの働きを抑え心臓を保護します。

副作用には、血中カリウム値の上昇、胸が張る(女性化乳房)などがありますが、新しいMRAでは女性化乳房が起こりにくくなっています。

ARNI:アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬

ARNIであるサクビトリルバルサルタン(エンレスト錠)は新しく使用できるようになった薬で、心筋保護因子のANPを増やす働きとARBの働きの両方の作用があります。
サクビトリルバルサルタンは、心不全による入院を減らすことができます。

副作用には、低血圧、高カリウム血症などがあります。

心臓を休ませる薬

β遮断薬

心不全では交感神経が興奮しすぎて過度の血圧上昇、脈拍増加などが起きており、心臓に負担がかかっています。
β遮断薬は、β受容体(心臓に多く存在している交感神経から指令を受ける受容体)の働きを抑えることで、血圧を下げたり、脈を遅くしたりして、働きすぎの心臓を休ませて心臓を元気にします。
少ない量から始め、血圧・脈拍・症状をみながら徐々に増やしていきます。

副作用には、血圧が下がりすぎる、脈が遅くなりすぎるなどがあります。

イバブラジン(コララン錠)

β遮断薬は、心拍数を下げるだけでなく、心臓のポンプ機能も下げる作用があり、心不全には少し好ましくありません。
新しく使用できるようなったイバブラジンは、心拍数を下げることに特化した薬で、心臓の拍動リズムを作り出している洞房結節に作用して、心臓のポンプ機能を悪化させることなく脈拍だけをゆっくりにします。

副作用には、目の症状(キラキラ、チカチカ、稲妻のような光が見える)や立ちくらみ、ふらつきなどがあります。

心臓を楽にする薬

利尿薬

心不全で余分な水分が身体にたまると浮腫がおこり、肺に水が溜まると息苦しさを感じるようになります。
利尿薬は、尿として余分な水分を体外に排出させて、うっ血の症状(浮腫、息苦しさなど)を軽減します。

利尿薬を服用すると尿が近くなることがありますが、自己判断で中止しないでください。
日常生活に困るようであれば、医師に相談してください。

SGLT2阻害薬

SGLT2阻害薬は、尿として水分とともに余分な糖も排出させて血糖値を下げることができるので、糖尿病の薬として使われています。
このSGLT2阻害薬は、余分な水分を尿として排出するだけでなく、心臓や腎臓にも良い働きをして心不全の予後も改善するので、心不全でも使用されるようになりました。
SGLT2 阻害薬を血糖値が高くない人が服用しても過剰に血糖値を下げることはないので、血糖値が高くない心不全の人が使用しても低血糖になる心配はありません。
発熱や下痢などで、食事ができないときには休薬が必要です。

副作用には、排尿時の違和感や痛み、ふらつきやだるさなどがあります。

心臓を力づける薬

強心薬:ピモベンダンなど

強心薬は、心臓の筋肉に作用して、心臓のポンプ機能を強くします。
強心薬を使用することは疲れている心臓に鞭打つことになり、生命予後を悪くすると考えられていますが、その使用により心不全の症状(倦怠感、息苦しさなど)を改善することができます。
そのため、「予後の改善」より「症状の改善」を優先したい場合に使用します。

ベルイシグアト(ベリキューボ錠)

新しく使用できるようになった薬です。
血管内では一酸化窒素(NO)が情報伝達の重要な働きをしていますが、心不全になるとNOが作用する受容体の機能不全が生じます。
ベルイシグアトは、NOが作用する受容体を直接刺激したり、NOが作用する受容体の感受性を高めたりすることによって、心臓収縮力を強めたり血管の機能を調節したりして心不全の進行を抑制します。

副作用には、脱力感、めまい、ふらつき、立ちくらみ、意識の消失などがあります。

心不全の治療目標

心不全は適切な治療を行っていても徐々に進展し突然死することもあるので、心不全になってからの治療だけでなく、心不全にならないようにする治療も大切です。
そのため心不全の治療目標は、上の図のように心不全を発症する前の段階(リスクステージ)を含めた4つのステージに分けて考えるとわかりやすいです。

心不全発症前の治療目標

心不全を発症する前の段階(リスクステージ)は、ステージA・Bが該当します。
ステージA・Bでは、心不全予防や心不全になるのを遅らせるために、心不全を引き起こす原因となる高血圧や糖尿病、動脈硬化症の要因となる高コレステロール血症などの脂質異常症をきちんと治療することが大切です。

「禁煙」は必ずしましょう。

心不全発症後の治療目標

心不全を発症した慢性心不全の状態がステージC で、心不全の増悪を繰り返して治療が困難な状態(ステージD)になり、最期を迎えることになります。
急性心不全で初めて入院した後1 年以内に心不全で再入院する人は4 人に1 人とされており、急性増悪(急性心不全)を繰り返すと心不全が重症化するので、ステージC 以降は症状の改善や心不全の増悪を防ぎ、再入院しないようにすることが治療目標となり、終末期になるほど症状の軽減が重視されます。

心不全の薬物治療

心不全の薬物治療は、「予後の改善」と「症状の改善」の2 つの視点で行いますが、心臓のポンプ機能の違いによって、予後を改善するために使用する薬が違ってきます。
心臓のポンプ機能は、左心室から血液を駆出する能力を心臓エコー検査で測定することでわかります。

心臓のポンプ機能の違いにより心不全は、左心室の収縮機能が低下したHFrEF〔ヘフレフ〕、左心室の収縮機能は保たれているが左心室の拡張機能が障害されているHFpEF〔ヘフペフ〕、HFrEF〔ヘフレフ〕とHEpEF〔ヘフペフ〕の中間のHFmrEF〔ヘフエムレフ〕の3つに分類されます。
HFpEF〔ヘフペフ〕は、近年増加してきており心不全患者の約半数を占めます。

HFrEF〔ヘフレフ〕で用いる薬

アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE 阻害薬)かアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)と交感神経の働きを抑えるβ 遮断薬を併用し、場合によってはミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)を追加します。
この治療で効果が不十分なときにはACE 阻害薬(あるいはARB)をアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)に切り替えます。
ACE 阻害薬またはARB、MRA、ARNI は、心不全の初期から継続して使用します。
最近では、SGLT2 阻害薬やイバブラジンも使用するようになってきています。

HFpEF〔ヘフペフ〕で用いる薬

HFrEF〔ヘフレフ〕の予後を改善する薬でもHFpEF〔ヘフペプ〕の予後も改善するわけではありません。
今まではHFpEF〔ヘフペプ〕に有効な薬はなかったのですが、最近SGLT2 阻害薬のエンパグリフロジン(ジャディアンス錠)やダパグリフロジン(フォシーガ錠)がHFrEF〔ヘフレフ〕だけでなくHEpEF〔ヘフペフ〕でも有効であることがわかりました。
ARNI のサクビトリルバルサルタンもHFpEF〔ヘフペフ〕で使用できます。

HEmrEF〔ヘフエムレフ〕で用いる薬

残念ながら臨床研究が十分に行われておらず、どの薬を使うと良いのかわかっていません。
そのため、個々の病状に応じて使用する薬を判断することになります。

心不全を悪化させないためには

心不全を悪化させないためには、きちんと薬を服用するとともに日常生活にも気をつける必要があります。
つまり、生活習慣を改善(塩分を摂りすぎない食事、医師のアドバイスによる運動など)し、インフルエンザや肺炎球菌などのワクチン接種をして感染症にかからないようにして、きちんと受診すると良いです。

薬に興味を持つことが大切!

今回は薬のはなしで、わかりにくいことが多かったのではないでしょうか。
あなたが服用している薬に興味を持つこと、その薬を理解して納得して服用することは心不全の治療に限らず、薬物治療では非常に大切なことです。
心不全の薬についてもっと知りたいとき、わからないことがあるときは、何度でも薬剤師に相談すると良いです。当然、医師に相談されても良いです。

【参考資料】
<書籍・文献>

  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック改訂第2版,日本循環器学会,南山堂,2022年
  • 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版),日本循環器学会
  • 心不全手帳(第3版),日本心不全学会,2022年
  • 沢井製薬提供冊子:多職種で取り組む心不全の診療,2022年

<ホームページ>

  • NHK 健康Ch,心不全の薬による治療,2021年10月29日更新
  • NHK 健康CH,心不全とは?症状と主な原因(狭心症、高血圧など)入院1年以内に2割が死亡,2021年5月16日更新

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