心不全通信 No.9「人生会議と心不全の緩和ケア」

2022/10/06

心不全通信 No.9 2022年10月号を公開しました。

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、「人生会議と心不全の緩和ケア」について説明します。

  • 心不全とは
  • 誰にでも訪れる時のために
  • 人生会議とは
  • あなたの大切な人の心の負担を軽くする
  • 話さなくてもよい
  • 人生会議と緩和ケア
  • 緩和ケアは終末期に始めるものではない
  • “心不全”と“がん”の緩和ケアの違い
  • 心不全の緩和ケアの実際
  • 呼吸困難(息苦しさ)
  • 疼痛(痛み)
  • 倦怠感
  • 抑うつ・不安
  • せん妄
  • 死前喘鳴(のどがゴロゴロ鳴る)
  • 終末期の苦痛

心不全通信 No.9 2022年10月号

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。

今回は、「人生会議と心不全の緩和ケア」について説明します。

誰にでも訪れる時のために

心不全に限らず医療は絶えず進歩しており、心不全においても新しい治療法や薬物療法も行われるようになっています。
ですが、心不全を完全に治すことはできておらず、だんだんに悪くなって、誰にも訪れる最期の時を迎えます。

・・・そのような時のために『人生会議』はあります。

人生会議とは

「人生会議」とは、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)の愛称で、あなたの大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、自ら考え、あなたの信頼する人たちと話し合うことです。
「会議」といっても日時を決めて開く必要はなく、日常生活の中で、自分の大切にしていることや望みを話してみることで良いのです。
以前言ったことと違っても良いのです。人の気持ちや考えは変わるものです。
繰り返し繰り返し、話をすることで、あなたが大切にしていることや望みがあなたの信頼する人たちに必ず伝わります。

あなたの大切な人の心の負担を軽くする

命の危険が迫った状態になると、多くの場合に、これからの医療やケアなどについて自分で決めたり、人に伝えたりすることができなくなります。
あなたがそのような状況になった時、家族などあなたの信頼できる人が「あなたなら、たぶん、こう考えるだろう」とあなたの気持ちを想像しながら、医療やケアについて話合いをすることになります。
あなたの信頼できる人が、あなたの価値観や気持ちをよく知っていることは、その判断の重要な助けとなります。

さらに、人生会議を重ねて、あなたの心の声を伝えておくことは、あなたが自分の気持ちを話せなくなった「もしのとき」に、あなたの大切な人の心の負担を軽くするでしょう。

話さなくてもよい

残された時間のことを考えたくなければ、人生会議はしなくて良いです。
考えてみようかなと思えるようになるまで待てば良いのです。

人生会議はしたいけど、そのきっかけがないのであれば、医療ソーシャルワーカーにご相談ください。
お話を聞かせていただきます。
医療ソーシャルワーカーは人生会議のきっかけづくりのお手伝いをします。

人生会議と緩和ケア

人生会議をする前に、緩和ケアについて知っておいてください。
緩和ケアは、あなたが苦しんでいる症状(呼吸困難や倦怠感、痛みなど)の緩和を優先して治療・ケアを行うことで、病気の治療をやめることではありません。

緩和ケアは終末期に始めるものではない

緩和ケアは終末期になって始めるのではなく、病気になった当初から始めるほうがよく、病気の進行に伴い緩和ケアの優先度合いを増してゆくことで、あなたや家族の生活の質(QOL)の低下を防ぐことができると考えられています。

“心不全”と“がん”の緩和ケアの違い

がんの緩和ケアと心不全の緩和ケアは、その考え方が違います。

  • がんの緩和ケアでは終末期に近づくにつれて効果の期待できない抗がん剤治療などを差し控えて患者さんの生活の質(QOL)の低下を防ぐことを優先します。
  • 心不全の緩和ケアでは心不全の治療が症状の緩和に有効なので、心不全の治療薬を中止すると症状を悪化させることになります。

そのため、心不全の緩和ケアでは多くの場合で心不全の治療を可能な限り継続します。

心不全の緩和ケアの実際

心不全の終末期が近づくにつれて、呼吸困難、倦怠感、疼痛(痛み)、抑うつなどの症状がでてきます。
このような症状に対して、心不全の治療自体が有効なことが多く、心不全の治療をできる限り継続しながら、つぎのような治療・ケアを同時に検討してゆきます。

なお、緩和のための治療・ケアに用いる薬のほとんどが承認された薬の使用方法ではありませんが、一般的に安全に行われている使用方法でもあります。

呼吸困難(息苦しさ)

呼吸困難は心不全の症状の1つで、心不全の治療が呼吸困難に有効ですが、末期心不全では心不全の薬物治療のみでは呼吸困難の症状をコントロールできなくなることがあります。
呼吸困難に対して、酸素投与や患者さんが安楽に感じる身体の姿勢(ポジショニング)、扇風機などでの顔への送風などが有効なこともあります。

薬物治療としてはモルヒネなどのオピオイド系薬剤を使用して、息苦しさを感じにくくします。
このとき使用するモルヒネの量は、がんの痛みの時に使用する量より少ない量です。

疼痛(痛み)

心不全の進行に伴い、様々な痛み(狭心痛、関節痛、ピリピリとした痛みを感じる神経障害性疼痛など)を感じることが多くなります。
その痛みは、心不全そのものによる症状であったり、併存症や精神的なストレスが原因とされていますが、原因がわからない場合も多いです。
いわゆる“痛み止め薬”(非ステロイド性抗炎症薬:ロキソプロフェンなど)は終末期の心不全では腎機能障害の悪化や体液貯留を増悪させることがあるので、できるだけ使用を控えます。

鎮痛薬としてはアセトアミノフェン製剤を使用して、神経障害性疼痛には鎮痛補助薬(プレガバリン、ミロガバリンなど)を併用します。
アセトアミノフェン製剤を使用しても疼痛コントロールが困難な場合には、オピオイド系薬剤(モルヒネなど)を使用します。

倦怠感

心不全による心拍出の低下により倦怠感がでることが多く、薬物療法で対処できないことが多いです。
電解質異常、心不全の治療薬(利尿薬、β遮断薬など)の過量投与、貧血、抑うつ状態、甲状腺機能低下、睡眠時無呼吸、潜在性感染症などが倦怠感の原因であることもあります。
電解質の1 つであるカリウムが不足しておればカリウムの補充、利尿薬の過剰であれば利尿薬の減量中止、β 遮断薬の過量であれば減量中止、輸血、抗うつ薬の投与などを検討します。

がんの倦怠感の時に一般的に使用されるステロイド製剤は、浮腫を増悪させたりせん妄の原因となることがあるので、心不全の倦怠感でのステロイド製剤の使用は薦められません。
軽度の有酸素運動やエネルギー温存療法(倦怠感が強い時間帯と弱い時間帯の症状の程度に合わせて、倦怠感が弱い時間帯に、一日の中で優先度が高いと思う活動をし、倦怠感が強いときには、身の回りのことを身近な人や家族に手伝ってもらうこと。)が有効なこともあります。

抑うつ・不安

心不全に伴う抑うつは生活の質QOL の低下だけでなく、予後不良の原因にもなります。
薬物治療には、抑うつの時に一般的に使用される抗うつ薬を使用します。
不安症状には抗不安薬の使用や抗うつ薬を併用することもあります。
心臓リハビリテーションやカウンセリングなどが有効なこともあります。

せん妄

高齢者の心不全の終末期にはせん妄(意識が混乱することで、つじつまが合わず、いつもと違う行動をとるようになること。多くの場合は自然にウトウトするようになりますが、時に興奮状態になることがあります。)が起こりやすいです。
心不全により脳に供給される血液の量の低下や肺障害、電解質異常、ポリファーマシー(多くの薬剤の服用による有害事象)などが原因となっていることがあります。

せん妄は認知症や抑うつ症状と似ているのですが、せん妄は夜間に増悪する傾向があります。
せん妄は療養している環境や薬剤により起こることもあります。
そのため、せん妄を起こしうる環境を改善したり、せん妄を起こしうる薬剤(抗ヒスタミン薬、降圧薬、β遮断薬、抗不整脈薬、睡眠薬、抗不安薬など)を見直します。
それでもせん妄の興奮状態が改善しない時は、抗精神病薬を使用することもあります。

死前喘鳴(のどがゴロゴロ鳴る)

死を目前に控えた段階では、意識が混濁し、せん妄や死前喘鳴(のどがゴロゴロ鳴る)を認めることが多いです。
死前喘鳴は唾液などがのどに絡むことで起こります。

身体の位置の工夫(上半身を少し上げて顔をしっかりと横に向ける)や点滴をしている場合にはその量を減らしたり止めたりします。
唾液を減らす薬を用いたり、痰を吸引すること(吸痰)もあります。
ただ死前喘鳴は周りの人が感じるほど本人には苦痛でないとされており、本人には吸痰が苦痛になるとの考えもあります。

終末期の苦痛

ほかの方法で緩和できない耐え難い苦痛がある患者さんでは、症状緩和のための鎮静を検討することもあります。
鎮静をおこなったからといって全く会話ができなくなるわけではなく、会話ができる程度に鎮静することもできます。(調節型鎮静)
調節型鎮静で患者さんの苦痛が十分に取り除けない時は、持続的な深い鎮静をおこなうこともあります。
いずれにしても、薬の投与量を変えることで、患者さんが一番満足できる鎮静の程度に調節できます。

次回は、『心不全の薬物療法』について説明します。

【参考資料】
<書籍・文献>


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