心不全通信


心不全通信 No.13「ステージB」



心不全通信 No.13 2024年2月号を公開しました。

今回は「ステージB」について説明します。

  • ステ-ジBとは
  • 器質的な心疾患に対する治療
  • 心不全を早期に発見するための検査
  • 心臓リハビリテーション

心不全通信 No.13 2024年2月号

ステージBとは

ステージBは、心臓に器質的な疾患があるけれども、まだ心不全の症状はない状態で、心不全の前段階と言えます。

そのため、ステージBでは、器質的な心疾患の悪化を予防し心不全にならないようにすることが治療目標となり、ステージAの療養(心不全のリスクとなる高血圧、脂質異常、糖尿病などの予防や治療)を継続しながら、「器質的な心疾患に対する治療」、「心不全を早期に発見するための検査」、「心臓リハビリテーション」などを行います。

器質的な心疾患に対する治療

心不全の原因となる主な器質的な心疾患には、「虚血性心疾患」、「弁膜症」、「不整脈」、「心筋症」などがあります。

虚血性心疾患

狭心症

狭心症とは、冠動脈に狭窄があり、心筋が必要とする量の酸素が供給されない(心筋虚血)ために、前胸部などに狭心痛が生じる病気です。
狭心痛は、前胸部を中心に、圧迫感、絞扼感、灼熱感などの不快感のことで、頸部、顎関節や左肩などに痛みを感じることもあります。
狭心症には、安定狭心症、不安定狭心症、冠攣縮性狭心症などがあります。

安定狭心症

安定狭心症は、狭心症が出現する労作の程度がほぼ同じで、安静にすると数分で症状が消失します。
粥状(アテローム)動脈硬化によって冠動脈にプラークと呼ばれるコブのようなものができて、内腔が狭くなることが原因です。
労作時には血圧と心拍数が上昇して心筋が必要とする酸素の量も増えますが、冠動脈に狭窄があると労作時に必要な血液・酸素を心筋に供給することができず、心筋は血液・酸素不足(心筋虚血)となり、狭心痛がでます。
狭心痛が出た時には、症状が治まっても、急性冠症候群に進展することもあるので、必ず受診しましょう。
安定狭心症では、原因となる動脈硬化の進展を予防するためにLDL-コレステロールを下げる薬(スタチン製剤)や細くなった冠動脈に血栓ができないようにする抗血小板薬を使用します。

不安定狭心症

不安定狭心症は、プラークが破れ始めていたり、それに続いて血栓ができることで冠動脈が非常に狭くなったりしている状態で、心筋虚血により急性心不全を起こすことがあります。
血栓が冠動脈を閉塞して心筋梗塞を起こし、突然死を起こすリスクも高いです。
既に安定狭心症の治療をしていても、生活習慣の改善が不十分であったり、自己判断で薬を中断したりすると、不安定狭心症になってしまうことがあります。特に、高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満がある人では注意が必要です。
安定狭心症から不安定狭心症になると、狭心痛が労作時だけでなく、食後や入浴時など安静にしている時にもあらわれることがあります。
症状が治まるまでの時間が長くなった場合には早めに受診しましょう。
狭心痛が20分以上続くときは、心筋梗塞を起こしている可能性もあるので、迷わず救急車を呼びましょう。
不安定狭心症による心筋梗塞のリスクが非常に高い場合には、カテーテル治療(狭くなった冠動脈を拡げる)やバイパス手術(血液が流れにくくなっている冠動脈をう回する血管を作る)をします。
手術をしても心筋梗塞の発症のリスクを減らすために、スタチン製剤や抗血小板薬などを服用します。

冠攣縮性狭心症

冠攣縮とは、心臓の表面にある比較的太い冠動脈が一過性に異常に収縮した状態です。
冠攣縮により、心筋での酸素の供給と需要のバランスが崩れ、心筋虚血となり、急激に心ポンプ機能が悪化して急性心不全になることがあります。
冠攣縮狭心症の予防は、生活習慣を改善(禁煙、血圧管理、適正体重の維持、耐糖能障害・脂質異常の是正、過労・精神的ストレスの回避、節酒など)することであり、なかでも喫煙は非常に重要です。
カルシウム拮抗薬や硝酸薬などの薬を冠攣縮の予防ために使用します。

急性冠症候群

急性冠症候群は、急性心筋梗塞、不安定狭心症、心臓突然死を含めた一連の症候群のことです。
急性心筋梗塞を起こすと急激に心ポンプ機能の失調をきたして心不全を合併します。
前胸部を中心とした圧迫感、絞扼感、灼熱感があり、冷汗を伴う、10~30分以上持続する、より軽度の労作や安静時にも生じるようになったなどの場合や新たにこれらの症状が出現するようになった場合には急性冠症候群が疑われます。
このような場合には、できるだけ早期に冠動脈の血流を再開させて心筋梗塞で壊死する心筋の量をできるだけ少なくするために、心臓突然死を回避するために、迷わず救急車を呼びましょう。

弁膜症

弁の機能異常により心臓からの血液の駆出が障害される病気で、弁狭窄と弁閉鎖不全があります。
弁狭窄では、弁のところが狭くなっており、血液を駆出するために心筋は通常より強い力で収縮しなければならず、心筋に圧負荷がかかります。
弁閉鎖不全では、駆出した血液が逆流してくるので1回に駆出しなければいけない血液の量が増えて、心筋に容量負荷がかかります。
慢性的な圧負荷や容量負荷により、心筋が障害されて心臓の代償機転が破綻すると心不全になります。

僧帽弁狭窄症

僧帽弁の狭窄により、拡張期の左房から左室への血液の流入が障害され、心拍出量の低下や左房圧上昇に伴う肺うっ血を引き起こします。
さらに進行すると肺高血圧から右心不全になります。
左房が拡大して心房細動を合併することが多く、左房内にできた血栓による塞栓症を起こすことがあります。
僧帽弁の癒合・石灰化が原因ですが、リウマチ熱によるものは減少傾向で、高齢者や腎不全による僧帽弁輪石灰化が増えてきています。
外科的手術に加え、僧帽弁の形態によってはバルーンを用いたカテーテル治療が有効な場合があります。

僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁の閉鎖が不完全なために、収縮期に左室から左房へ血液が逆流する病気です。
僧帽弁閉鎖不全症は、器質性と機能性に分類されます。

器質性僧帽弁閉鎖不全症の原因 機能性僧帽弁閉鎖不全症の原因
僧帽弁の左心房側への逸脱、弁穿孔、腱索断裂など 弁に器質的異常はないが、左室の拡大で僧帽弁の腱索が引っ張られて生じる

僧帽弁の閉鎖不全が徐々に進行した場合、左室・左房は容量負荷に対する代償機構として拡大するので、長期にわたって無症状のことが多いです。
代償機構が破綻すると左房圧が上昇し、心房細動になったり肺動脈圧が上昇したりして心不全になります。

手術治療が第一選択ですが、高齢などで手術ができない場合で僧帽弁閉鎖不全を改善すると症状の軽快が期待できる場合は、カテーテルを用いて僧帽弁尖をクリップで摘まむ経皮的僧帽弁接合不全修復システムMitraClipを使用することもあります。

大動脈弁狭窄症

大動脈弁口の狭小化により左室から体循環への血液の駆出が障害をきたす病気です。
収縮期に左室と大動脈の間に圧較差を生じ、心拍出量を保つために左室収縮圧が上昇します。
初期には左室が肥大することによる代償機転が働き無症状ですが、最終的には心拍出量が低下して心不全になります。
以前はリウマチ性、先天性弁異常などが主な原因でしたが、現在では高齢化による加齢変性が主な原因です。
一般的には、大動脈弁置換手術が行われますが、経カテーテル大動脈弁置換術TAVIが行わることも多くなってきています。

大動脈弁閉鎖不全症

大動脈弁の閉鎖が不完全なために拡張期に大動脈から左室に血液が逆流し、前方への駆出の低下と逆流により左室に容量負荷がかかる病気です。
発症の形式により急性と慢性に分類されます。
慢性の大動脈弁閉鎖不全では、左室は容量負荷に対して、左室拡大により長期に代償することができるので、その間は無症状です。
代償しきれなくなって左室機能が低下すると心不全になります。
急性の大動脈弁閉鎖不全では、代償機転としての左室拡大が働かないため、左室拡張期圧の急激な上昇を生じ、前方駆出の低下、急性肺水腫や心原性ショックを引き起こします。
標準治療は外科手術で、大動脈弁置換手術です。

不整脈

心臓は、拍動(収縮と弛緩を定期的に繰り返すこと)により血液を全身に送り出しています。
この拍動は、右心房にある洞結節で作られた電気信号が刺激伝導系を通り、秩序良く、タイミング良く心臓の中を伝わって、心筋が収縮・弛緩すること(心臓のポンプ機能)によって作られます。
不整脈は、この電気信号やその伝わり方の異常によって起こり、頻脈、徐脈、期外収縮があります。
健康な人でも、睡眠不足やアルコールの過剰摂取、過労などによって不整脈が起こることがあります。
ほとんどの不整脈は問題のないものですが、突然死を引き起こすものもあるので注意が必要です。

頻脈 脈が速くなる
徐脈 脈が遅くなる
期外収縮 予想されたよりも早く脈が出る

不整脈の自覚症状でもっとも多いのは「動悸」と「めまい」です。
動悸は、「胸がドキドキする」、「早鐘のような感じ」、「心臓が一瞬止まってから飛び跳ねるような感じ」、「心臓が大きく波打つ」など人によって感じ方は様々です。
不整脈により血圧が低下して脳への血流量が低下すると、「めまいがする」、「一瞬目の前が暗くなる」、「気が遠くなる」、「ふらつく感じがする」などの症状や一過性の意識消失(失神)を起こすこともあります。

心房細動

心房細動は、心房が小刻みに震えるように収縮する病気で、多くの場合、脈の乱れを伴う動悸を自覚します。
肺静脈内で起きた期外収縮が強く関与しており、洞結節からの電気信号が房室内で消失し、複数の興奮波が心房内を旋回することで起こり、頻拍や不規則な心室収縮を引き起こし心機能が低下します。
心房細動により血行動態に障害が出ている場合は、速やかに電気的除細動を行います。
治療としては、抗凝固療法に加えて、レートコントロールやリズムコントロール、カテーテルアブレーションなどを行います。

1)抗凝固療法

心房細動により心房収縮が消失すると、左心耳血栓が形成されやすくなり、できた血栓が血流により運ばれて、脳梗塞のリスクが高くなるので、心房細動においては抗凝固療法が重要です。

2)レートコントロール(心拍数調節療法)

慢性心不全で心房細動を併発しているけれど自覚症状が軽度で血行動態も安定している場合には、経口β遮断薬を使用して、心拍数が適正になるようにします。

3)リズムコントロール(洞調律維持療法)

薬剤によるレートコントロールが困難な場合や洞調律維持が血行動態や心不全管理から有益であると判断される場合には抗不整脈薬によって、リズムコントロール(心房内の異常な電気信号の伝導を正常にする)を行います。

4)カテーテルアブレーション

カテーテルアブレーションは、心房細動の原因に対する治療で、カテーテルを足のつけ根の血管から挿入し、心臓内の組織を焼くことで、不整脈を引き起こす異常な電気信号の広がりを防ぐ治療です。

心房細動による症状がある人では薬物療法よりカテーテルアブレーションが行われていますが、最近では症状がなくてもカテーテルアブレーションが行われるようになっています。

徐脈性不整脈

徐脈は、主に「洞結節」や「房室結節」の異常で起こります。
洞結節の異常で生じるのが洞不全症候群で、房室結節の異常で生じるのが房室ブロックです。

洞不全症候群

右心房にある洞結節に異常が生じ、心臓を動かす電気信号の発生回数が極端に少なくなったり、発生できなくなったりすると徐脈になります。
徐脈になると、脳虚血症状(めまい、意識消失[失神]、痙攣)や心不全症状を起こすことがあります。

房室ブロック

房室ブロックとは、心房から心室への興奮伝導が房室結節やヒス束で遅延・途絶することで、それにより心室の収縮回数が減って脈拍数が少なくなります。
房室ブロックは、心筋虚血、高カリウム血症、薬剤(β遮断薬、カルシウム拮抗薬、ジギタリス製剤、抗不整脈薬)、内分泌疾患(甲状腺機能低下症)などで起こります。
必要に応じて房室ブロックの原因への治療や徐脈を助長する薬剤を減量します。

ペースメーカー

徐脈であっても直ちに命に関わることは少ないので、自覚症状がなければ様子をみますが、脳虚血症状(めまい、意識消失[失神]、痙攣)や日常生活に支障が出る程度の強い息切れやだるさなどの症状がある場合にはペースメーカーの植込みを検討します。

心不全を早期に発見するための検査

心臓に器質的疾患がある場合は、心不全を発症することがあります。
そのため、毎日の自覚症状のチェックと定期的な受診での心不全バイオマーカー検査や心臓超音波検査によって、心不全を早期に発見し、原因疾患の治療や進展ステージに応じた心不全の治療を行う必要があります。

心不全バイオマーカー
BNP B型ナトリウム利尿ペプチド
NT-proBNP N末端プロBNP

心臓リハビリテーション

心疾患やその危険因子の療養では、薬物治療のみでなく、食生活や禁煙、節酒、減量など生活習慣の是正や心理的ストレスへのマネジメント、運動療法などの多面的な対応が必要です。
心臓リハビリテーションとは、このような心疾患やその危険因子に対する長期にわたる包括的な療養支援のことで、運動療法のみでなく、服薬指導、食事指導、禁煙指導、疾病教育などを体系的に実施します。
心臓リハビリテーションについて、もっと知りたい方は、心不全外来の担当医に、ご相談ください。

次回は、『ステージC』について説明します。

【参考資料】

  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック(改訂第2版),日本循環器学会,南江堂,2022年
  • 心不全に負けず健康寿命を目指そう(リーフレット),日本心臓財団,2020年

【参考ホームページ】

  • 健康チャンネル〔NHK〕
  • カテーテルアブレーション治療とは〔Boston Scientific社〕
  • 心房細動週間ウェブサイト
  • 社会福祉法人恩賜財団済生会
  • メディカルスタッフのための心不全入門講座〔トーアエイヨー〕
  • メディカルスタッフのための不整脈入門講座〔トーアエイヨー〕
  • 慶応義塾大学病院医療健康情報サイト
  • 経皮的僧帽弁接合不全修復システム MITRACLIP NT システム〔Abott社〕
  • 大阪急性期・総合医療センター心臓血管センター
  • 飯塚病院循環器病センター
  • 近畿大学医学部循環器
  • 日本医師会

心不全通信 No.12「ステージA」



心不全通信 No.12 2023年10月号を公開しました。

今回は「ステージA」について説明します。

  • ステ-ジAとは
  • 高血圧
  • 脂質異常
  • 糖尿病
  • 禁煙
  • 節酒
  • 身体活動・運動

心不全通信 No.12 2023年10月号

ステ-ジAとは

ステージAは、心不全のリスクはあるけれども、心不全はまだ発症していない状態です。
そのため、心不全のリスクとなる疾患の予防・治療が治療目標となります。
心不全のリスクには、高血圧、脂質異常、糖尿病・耐糖能異常、運動不足、喫煙、肥満などがあります。

高血圧

正常血圧と高血圧

血圧は、正常血圧、正常高値血圧、高値血圧、高血圧(Ⅰ度、Ⅱ度、Ⅲ度)、収縮期高血圧に分類されます。
診察室での収縮期血圧(最大血圧)が120mmHg未満で、さらに拡張期血圧が80mmHg未満であると正常血圧、収縮期血圧が140mmHg以上か拡張期血圧が90mmHg以上であると高血圧となります。
自宅で測る家庭血圧では、診察室よりも5mmHg低い、収縮期血圧115mmHg未満かつ拡張期血圧75mmHg未満が正常血圧です。

高血圧の予防

高血圧の予防に欠かせないのは、食塩摂取量の制限です。
食塩摂取の目標量は、「健康日本21(第二次)」では8g未満、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、成人男性で7.5g未満、成人女性で6.5g未満とされています。
また、日本高血圧学会は、高血圧の減塩目標を1日6g未満にするべきとしています。
減塩のコツを知りたい方は、管理栄養士にご相談ください。

食塩相当量の換算方法

商品に記載される栄養成分表示は、ナトリウム(mg)で表示されていることがあります。
以下の式を用いて、食塩相当量を算出することができます。

食塩相当量(g) = ナトリウム量(mg) × 2.54 / 1,000

高血圧の治療をしましょう!

高血圧の人は4,300万人くらいいるとされており、そのうち40%くらいは高血圧の治療をしていません。
高血圧は自覚症状がほとんどないのですが、生活習慣病に関連した死亡に、喫煙とともに最も影響します。
もし完全に高血圧を予防できると、年間10万人以上の人が死亡せずに済むとの推計もあります。
高血圧は、必ず治療をしましょう。

脂質異常

脂質異常とは、血液中の脂質の値が基準値から外れた状態のことで、LDL コレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)、HDL コレステロール(いわゆる善玉コレステロール)、トリグリセライド(中性脂肪)の異常などがあり、いずれも動脈硬化と関連しています。

脂質異常の診断基準

脂質異常の診断基準は表のとおりですが、この基準に当てはまると、すぐに薬物治療が必要というわけではありません。
まず、食事療法・生活習慣の改善を試みて、それでも不十分な場合に薬物治療を始めます。

LDLコレステロール
140mg/dL以上 高LDLコレステロール血症
120~139mg/dL 境界域高LDLコレステロール血症

HDLコレステロール
40mg/dL未満 低HDLコレステロール血症

トリグリセライド
150mg/dL以上(空腹時採血) 高トリグリセライド血症
175mg/dL以上(随時採血)

Non-HDLコレステロール
170mg/dL以上 高non-HDLコレステロール血症
150~169mg/dL 境界域高non-HDLコレステロール血症

LDLコレステロール高値の要因と改善方法

食事で飽和脂肪酸を摂りすぎるとLDLコレステロールが高値になることがあります。
飽和脂肪酸は、肉の脂身(赤身ではなく白い部分。 バラ肉、ひき肉、鶏肉の皮も含む)・バターやラード・生クリームなどに多く含まれ、パームヤシやカカオの油脂、インスタントラーメンなど加工食品にも含まれています。
冷蔵庫の中で固まっている油脂は、飽和脂肪酸の多い油脂であることが多いです。
食事からのコレステロールもLDLコレステロールを高くしますが、個人差が大きく、飽和脂肪酸と比べると、その影響は小さく、食事からのコレステロールの上限に定まった見解はありません。
食事からの飽和脂肪酸と血中コレステロールとの関係は、食事からのコレステロールと血中のコレステロールとの関係よりも強く、LDL コレステロールが高い人は、まず飽和脂肪酸の摂りすぎを改善するべきで、鶏卵などコレステロールの多い食品の食べすぎにも注意すると良いでしょう。

家族性高コレステロール血症

家族性高コレステロール血症は、300 人に1人程度と比較的高頻度の遺伝性疾患です。
LDL コレステロールが高くなり、若い時から動脈硬化が進み、血管が細くなったり詰まったりする病気で、冠動脈で起こることが多く、心筋梗塞や狭心症を起こしやすくなります。
コレステロールが高く、若くして心筋梗塞、狭心症などを発症した血縁関係の人(親、兄弟、叔父、叔母、祖父母、子供など)がいる方は、特に注意が必要です。
家族性高コレステロール血症について、詳しく知りたい方は、当院循環器医にご相談ください。

中性脂肪高値の要因と改善方法

エネルギーを摂りすぎる、特に甘いものや酒・油もの・糖質を摂りすぎると中性脂肪が高値になることがあり、砂糖の入ったソフトドリンクを飲む習慣のある人に中性脂肪が高い人が多い傾向があります。
糖質の摂りすぎなどの食事習慣を改善し運動や減量を行うと、中性脂肪を下げることができます。
また背の青い魚に多く含まれるn-3 系(ω-3系)多価不飽和脂肪酸には、中性脂肪を下げる働きもあります。

HDLコレステロール低値の要因と改善方法

HDL コレステロール低値は中性脂肪の高値と連動することが多く、その要因は肥満や喫煙・運動不足なので、運動や減量・禁煙によりHDLコレステロールの上昇が見込まれます。
飲酒によりHDLコレステロールが高くなることがありますが、飲酒は高血圧や肝障害を悪化させるので、HDLコレステロールを上昇させるために飲酒するべきではありません。

糖尿病

ブドウ糖とインスリン

炭水化物は消化酵素によりブドウ糖に分解されて腸から吸収され血液の中に入ります。
血液中のブドウ糖の量が増えると膵臓からインスリンというホルモンが分泌され、血液中のブドウ糖を速やかに細胞内に取り込ませるように働きます。
ヒトは細胞に入ってきたブドウ糖をエネルギー源として利用して、筋肉を動かしたり、脳を働かせたりしています。

糖尿病と合併症

糖尿病は、インスリンの量が少なくなったり、その効きが悪くなったりして、血液中のブドウ糖が細胞に入ることができず、血液中のブドウ糖の量が多くなりすぎる病気です。
細胞に入ったブドウ糖はエネルギー源となりますが、細胞に入らない血液中のブドウ糖の量が多くなりすぎると、血管を傷つけたり、動脈硬化のリスクとなり、脳卒中や虚血性心疾患、失明や透析につながる糖尿病の3大合併症(網膜症、腎症、神経障害)が起こりやすくなります。

糖尿病の診断基準

血液中のブドウ糖の濃度のことを血糖値といいます。
空腹時の血糖値が126mg/dL以上、食事をとった後に測った血糖値(随時血糖値)が200mg/dL以上、あるいはHbA1cが6.5%以上と確認された場合には糖尿病である可能性が高くなります。
糖尿病の明らかな症状がある場合を除き、複数回の検査結果を総合的に判断して糖尿病と診断します。
特定健診では、血糖値異常を早期に発見するために、空腹時血糖値100mg/dL以上またはHbA1c 5.6%以上を高血糖の基準としています。

血糖測定時間 判定区分
空腹時 負荷後2時間
血糖値 126mg/dL以上 ◀または▶ 200mg/dL以上 糖尿病型
糖尿病型にも正常型にも属さないもの 境界型
110mg/dL未満 ◀または▶ 140mg/dL未満 正常型

糖尿病の予防

糖尿病の予防のためには、摂取エネルギー量をとりすぎないこと、運動をすること、アルコールをとりすぎないこと、喫煙しないこと、野菜や大豆製品、海藻、きのこなどを多くとることなどがあげられます。
特に、砂糖の入った飲み物をとりすぎる習慣のある人は、糖尿病のリスクが高まります。
肥満も糖尿病のリスクを高めますが、日本人ではやせていても糖尿病になりやすい人がいますので、肥満や過体重のない人でも注意が必要です。

それってなに? HbA1c(ヘモグロビン エー ワン シー)

HbA1cとは、ブドウ糖と結合しているヘモグロビンの割合のことです。
血糖値が高い状態が続くと、ブドウ糖と結合しているヘモグロビンが多くなりHbA1cが高くなります。
HbA1cは、だいたい2ヶ月くらいの血糖を反映しています。
血糖値は食事の影響によりその時々で変化しますが、HbA1cは直前の食事の影響を受けにくいので、糖尿病の指標として検査でよく利用されています。

禁煙

喫煙の影響

喫煙は心臓や脳に悪い影響を与え、心臓病や脳卒中の原因となります。
タバコの煙に含まれるニコチンは中枢神経を興奮させ、心拍数増加、末梢血管の収縮、血圧の上昇などを起こし心臓に大きな負担をかけます。
タバコの煙に含まれる一酸化炭素は、赤血球のヘモグロビンと結びつき、血液が酸素を運ぶ働きを妨げ、血管を詰まりやすくし、動脈硬化を促進させます。
喫煙は心臓病や脳卒中以外にも肺がんなどの悪性腫瘍や胃潰瘍・十二指腸潰瘍などの消化器の病気、喘息・慢性気管支炎などの呼吸器の病気、歯周病など、さまざまな病気の発症に深くかかわっています。

受動喫煙の影響

タバコの煙には、喫煙者がフィルターを通して直接吸い込む「主流煙」と、火のついた部分から立ち上る「副流煙」があり、ニコチンなどの有害物質が含まれる量は主流煙より副流煙の方がはるかに多く、喫煙は喫煙者だけでなく周囲の人の健康にまで悪影響を及ぼしています。
喫煙しない人が喫煙者と同じ空間にいて、副流煙を吸い込んでしまうことを受動喫煙といいます。

受動喫煙は、既に心臓病を患っている人に心筋梗塞などの発作を起こしやすくし、喫煙しない人の心筋梗塞、脳卒中、肺がんなどよる死亡のリスクを高めます。
受動喫煙の影響を最も受けやすいのは同じ家で暮らしている家族です。
親が喫煙者だと、その子供は気管支炎やぜんそく、アトピー性皮膚炎にかかりやすく、成長や視力、知能の発達にも悪い影響を及ぼすといわれています。

節酒

アルコールと循環器疾患

適量の飲酒は心筋梗塞などの発症リスクを下げ循環器疾患に保護的に働くとされていますが、過度の飲酒は循環器疾患のリスクになり、少量の飲酒でも結核や乳がんなどリスクを上昇させることがあるので、「節度ある適度な飲酒」を守ることが肝要です。
当然、現在飲酒していない人や飲めない人に飲酒を強要すべきではありません。

心臓によい飲酒量などない

2022年1月、世界心臓連合WHF は、適量の飲酒は心臓病のリスクを低下させるという広く信じられている考えに異議を唱えました。
「どの程度の飲酒量であっても、健康に生きられる時間を損なう原因になりうる。少量の飲酒でも、冠動脈疾患、脳卒中、心不全、高血圧性心疾患、心筋症、心房細動、動脈瘤などの心血管系疾患のリスクを高めることが様々な研究から明らかになっている。」ので、「心臓によい飲酒量などない。」と結論し、世界中で起こっているアルコール関連死や障害の過去に類を見ない増加に取り組むための緊急かつ決然とした行動を呼びかけました。
今後、飲酒の循環器疾患に対する見解が変化してくるかも知れません。

それってなに? お酒に強い体質と弱い体質

口から入ったアルコールは胃から20%、小腸から80%が吸収され、その大部分が肝臓で処理されます。
アルコールはアルコール脱水素酵素ADHなどによってアセトアルデヒドに、アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素ALDHにより酢酸に、酢酸は水と二酸化炭素に分解され、最後は汗や尿、呼気中に排出されます。このアセトアルデヒドが飲酒した時の悪酔いや頭痛、動悸の原因です。

悪酔いの原因となるアセトアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素ALDHには、アルデヒド濃度が低い時に働くALDH2と、高濃度にならないと働かないALDH1があり、ALDH2の活性が弱いか欠けていると、アセトアルデヒドが貯まりやすく、「お酒に弱い体質」になります。
ALDH2の活性は遺伝し、日本人の半数近くの人でALDH2の活性が弱いか欠けています。
ALDH2が欠けている人は、いくら訓練してもお酒に強くなることはないので、飲酒の無理強いをしてはいけません。
ところが、アルコールで全身の臓器に障害をきたすのは、むしろ「お酒に強いと言われる体質」の人なので注意が必要です。

身体活動・運動

身体活動(生活活動と運動を合わせたもの)を増加させると循環器疾患のリスクを減らすことができます。
「健康づくりのための身体活動基準2013(厚生労働省)」では、18~65歳の方は1週間に23メッツ・時、65歳以上の方は1週間に10メッツ・時の身体活動を薦めています。
安全で適正な運動強度での運動(有酸素運動、筋力トレーニング、バランストレーニングなど)を、生活習慣や嗜好を考慮して日常生活の中で行うと良いでしょう。
運動について詳しく知りたい方は、理学療法士にご相談ください。

運動の種類

有酸素運動 歩行、自転車エルゴメーター、リズミカルな体操など
筋力トレーニング 自身の体重やゴムバンドなどを使用する運動
バランストレーニング つま先と反対のかかとを揃えた立位など。
転倒防止にもなります。

それってなに? METs(メッツ)

メッツMETsとは身体活動(生活活動と運動を合わせたもの)の強度を表す単位で、国際的に使用されています。
安静時(静かに座っている状態)を1メッツとし、身体活動が安静時と比較して何倍のエネルギーを消費するかを表しています。安静時の2倍のエネルギーを消費する身体活動であれば2メッツとなります。
運動しているときの感覚で、「楽」に感じれば3メッツ、「やや楽」なら4メッツ、「ややきつい」なら5メッツという捉え方をしても良いです。
このメッツ(運動強度)に実施時間を掛けると、「メッツ・時」という身体活動量を計算できます。

メッツ 生活活動の例
1.8 METs 立ち話、立って電話をする、皿洗い
2.0 METs 非常にゆっくりした歩行(家の中)、料理や食材の準備、洗濯
2.3 METs ガーデニング、動物の世話、ピアノの演奏
2.5 METs 植物の水やり
3.0 METs 普通の速さの歩行(67m/分)、犬の散歩、電動自転車に乗る、立ってギターの演奏
3.3 METs 掃除機かけ、体を動かすスポーツ観戦
3.5 METs 散歩(75~85m/分)、モップかけ、床磨き、風呂掃除、庭の草むしり、車椅子を押す
4.0 METs 自転車に乗る(16km/時未満)、階段をゆっくり上る
5.0 METs 動物と活発に遊ぶ(歩く/走る)
5.8 METs 子どもと活発に遊ぶ(歩く/走る)
8.3 METs 荷物を上の階に運ぶ
8.8 METs 階段を速く上る
メッツ 運動の例
2.3 METs ストレッチ
2.5 METs ヨガ、ビリヤード
3.0 METs 社交ダンス、太極拳
3.5 METs 軽い筋トレ、家での軽い体操
4.0 METs 卓球、ラジオ体操第1
4.3 METs やや速めに歩く(94m/分)
4.5 METs 水中歩行、ラジオ体操第2
5.0 METs かなり速く歩く(107m/分)
6.0 METs ゆっくりとしたジョギング、のんびり泳ぐ
6.5 METs 山登り(4kg未満の荷物を持って)
7.0 METs ジョギング、スキー
8.0 METs サイクリング(約20km/時)
8.3 METs ランニング(134m/分)

次回は、『ステージB』について説明します。

【参考資料】

  • 禁煙のすすめ タバコをやめようかと思っているあなたへ:日本心臓財団
  • 心不全手帳(第3版):日本心不全学会,2022年
  • 高血圧の話:日本高血圧協会
  • 糖尿病治療ガイド2022-2023:日本糖尿病学会,2022年,文光堂
  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック(改訂第2版):日本循環器学会,2022年,南江堂

【参考ホームページ】

  • e-ヘルスネット〔厚生労働省〕
  • 心臓血管研究所付属病院
  • 日本心臓財団
  • 健康長寿ネット〔長寿科学振興財団〕
  • 人とお酒のイイ関係〔アサヒビール〕
  • 日本循環器協会
  • 国立循環器病研究センター
  • 日本健康運動研究所
  • 糖尿病情報センター〔国立国際医療センター〕
  • 健康チャンネル〔NHK〕
  • 日本動脈硬化学会
  • 「メッツ」で毎日の介護予防を〔藤井寺市〕

心不全通信 No.11「心臓の構造・働きと心不全」



心不全通信 No.11 2023年6月号を公開しました。

今回は「心臓の構造・働きと心不全」について説明します。

  • 心臓の構造
  • 電気信号(刺激伝導系)
  • 冠動脈
  • 心臓の役割
  • 心不全の定義
  • 心不全の分類
  • 心不全による症状や徴候
  • ポンプ機能低下(血流低下)による症状
  • うっ血による症状
  • 心不全の病の軌跡
  • 心不全の4つのステージ

心不全通信 No.11 2023年6月号

心臓の構造

心臓は4つの部屋(左右の心房・心室)に分かれています。
心室と心房の間、心室から血管への出口には“弁”があり、血液が逆流することなく一方通行で流れるようになっています。

聴診器で弁が閉じるときに聞こえる音が“心音”です。

電気信号(刺激伝導系)

心臓を収縮する合図は、右心房の上大静脈の開口部近くにある洞結節から始まります。
洞結節で発生した電気信号は、左右の心房の中を伝播して房室結節に伝わり、その後、ヒス束→左脚右脚に分枝して、心室にあるプルキンエ線維から心室に伝わります。

この電気信号がタイミングよく、スムーズに心臓内を伝わることで、心臓が収縮して心臓から血液が拍出されます。
この電気信号の発生や伝導に異常が生じると不整脈が起こります。

冠動脈

冠動脈は、心臓が活動するために必要な酸素や栄養を心筋に供給しており、左心室から出ている大動脈が左右2本に、さらに心臓の表面で枝分れし、最後は心臓全体を血液が循環できるようになっています。
冠動脈が詰まると心筋梗塞になりますが、心臓への影響は冠動脈が詰まった部位により異なります。

心臓の役割

心臓の主な役割は、ポンプ機能(身体の必要に応じて血液を安定して身体に供給すること)で、「収縮機能」と「拡張機能」という2つの機能でポンプ機能をはたしています。

収縮機能は、心臓を収縮させて血液を全身へ送り出す機能で、拡張機能は全身から戻ってきた血液を心臓に取り込む機能です。
心臓には、運動とか心筋梗塞などの身体に生じる様々な変化に対応できるように、ポンプ機能を調節する機構(代償機構)が備わっているのですが、この代償機構が破綻して身体が必要とする量の血液を供給できなくなると心不全になります。

心不全の定義

心不全は、「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐用能が低下する臨床症候群」と医学的には定義されています。
簡単に、『心不全は、心臓が悪いために、息切れやむくみがおこり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気』と理解すると良いでしょう。

心不全の分類

心不全は、発症や進行経過、左室の収縮機能、原因となる心臓の部位などにより分類されます。

急性心不全と慢性心不全

心不全は、病状の発症・進行の経過によって、急性心不全と慢性心不全に大別されます。
急性心不全は、心筋梗塞や突然に起こった不整脈などによって急激に心臓のポンプ機能が弱まり、時間や日にち単位で発症・進行する心不全です。
慢性心不全は、高血圧などにより月や年単位で進行・悪化する心不全です。

「ヘフレフ」と「ヘフペプ」

心不全は、収縮不全(左心室の収縮機能が低下すること)によって起こるものと、収縮機能は保たれているにもかかわらず、拡張不全(左心室の拡張機能が低下すること)によって心臓へ血液が戻りにくくなり、体内に血液が滞留することで起こるものがあります。
収縮不全により心臓のポンプ機能が低下している心不全をヘフレフ(HFrEF)といい、心臓の収縮機能は保たれているけれど拡張不全のために起こる心不全をヘフペフ(HFpEF)といいます。

心不全の約半数がヘフペフで、高齢の女性に多く、高血圧や糖尿病などを併存していることが多いです。

ヘフレフとヘフペプでは、有効な薬物療法に違いがあります。
ヘフレフとヘフペフの中間の心不全は、ヘフエムレフ(HFmrEF)です。

ヘフレフ(HFrEF) Heart Failure with reduced Ejection Fraction
ヘフエムレフ(HFmrEF) Heart Failure with midrange Ejection Fraction
ヘフペフ(HFpEF) Heart Failure with preserved Ejection Function

左心不全と右心不全

左心房・心室が原因で起こる心不全が「左心不全」で、右心房・心室が原因で起こる心不全が「右心不全」です。
両方が悪くなる両心不全もしばしばあります。

心不全による症状や徴候

心不全による症状や徴候には、ポンプ機能低下(心臓が血液を全身に十分に送り出せない)によるものとうっ血(心臓が全身に血液を送り出せないために体内に血液が滞留する)によるものがあります。

ポンプ機能低下(血流低下)による症状

だるい(倦怠感)、疲れやすい

心不全で臓器に供給される血流が減ると、運動するために必要な量の血液が筋肉に供給されなくなり、筋肉は酸欠状態となって、だるさや疲れを感じるようになります。

乏尿・夜間多尿

心不全の初期より、日中は活動のため必要な骨格筋に優先的に血液が配分され、腎臓への血流は減少して尿の量も減りますが、夜間に活動量が減ると腎臓への血流も増えてくるので、夜間の尿量が増えます。

精神神経症状

心不全で脳の血流の低下や肺うっ血による酸素不足により、意識障害や抑うつ・不安、せん妄などが起こることがあります。

手足が冷たい

心不全で末梢組織への血流が低下すると、四肢(手や足)は湿った感じがする冷たさがあり、血色が悪く、蒼白で、口唇や爪床にチアノーゼが起こることがあります。
脈圧の低下(脈圧収縮期血圧比が25%以下)では末梢組織での血流低下が強く疑われます。

うっ血による症状

体重の増加

心不全で心臓に戻るべき血液が心臓に戻ることができないと、臓器に「うっ血」が起こり、足がむくむ、胸水が溜まる、肺水腫などが生じます。
心不全で全身を循環する血液の量が減ると腎臓の血流も少なくなって、腎臓で作られる尿量が少なくなるので、腎臓から尿として体外に排出される水分も体の中にたまることになり、体重が増えます。

このように心不全で「体重が増える」ことは肥満ではなく、「体に水分がたまること」つまり「心不全の悪化」を意味します。
そのため、毎日の体重測定は、心不全の状態をしるために非常に大切です。

左心不全によるうっ血の症状

左心不全で心臓から送り出される血液が滞留すると、肺にうっ血が起こります。
安静にしている時には、なにも症状がないのですが、今まで大丈夫だった距離の歩行や階段のぼりでも息切れを感じるようになります。
重症化すると安静にしていても息切れを感じるようになり、発作性夜間呼吸困難や起座呼吸を認めるようになります。

これは心不全が原因で肺水腫(肺の毛細血管から血液の液体成分が肺胞内に滲み出た状態)となり、酸素と二酸化炭素の入れ替えがうまくできなくなったために起こります。
また、より多くの酸素を取り込むために、呼吸回数が多くなり、呼吸が浅く速くなります。

右心不全によるうっ血の症状

右心不全では、全身から心臓に血液が戻りにくくなります。そのため体重が増加し、足などに浮腫が起こります。
浮腫は重力の影響を受けるので、座位や臥位の状態が多い人では、足ではなく、最初に臀部や背部に浮腫があらわれ、その後上肢や顔面に浮腫があらわれることもあります。
また、腹部臓器にうっ血が起こると、胸水や腹水が溜まったり、腸管の動きが悪くなって食欲不振、便秘、悪心・嘔吐や腹部膨満感などが起こります。

【起座呼吸】

起座位(上体をほぼ90 度に起こした姿勢)で呼吸困難が改善し臥位になるとすぐに息切れするようになること。
起きているときは重力で下肢などに溜まっていた血管から漏れ出た体液が、臥位になると重力の影響が少なくなって血管の中に戻ってきます。
すると血管の中を流れる血液の量が増えることになり、心臓への負担が増して肺水腫になり息切れするようになります。

【発作性夜間呼吸困難】

寝る前に症状はないのですが、寝てから2~4時間後に息苦しさにより眠れなくなること。
夜間に咳や痰が出ることがあります。起座位をとると症状が改善することもあります。

心不全によるポンプ機能低下とうっ血に伴う症状
ポンプ機能低下 左心不全のうっ血 右心不全のうっ血
・易疲労感
・倦怠感
・乏尿・夜間多尿
・記銘力・集中力低下
・意識障害
・手足が冷たい
・動いた時の息切れ
・発作性夜間呼吸困難
・起座呼吸
・足のむくみ(浮腫)
・食欲不振
・便秘
・悪心・嘔吐
・腹部膨満感
・体重増加

心不全の病の軌跡

残念ながら、心不全は完全に治ることはなく、症状が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら一方通行で進行していきます。
そのため、心不全と上手に付き合い、できるだけ心不全が進行しないようにすることが肝要です。

心不全の4つのステージ

心不全の療養は、4つのステージに分けて考えるとよいです。

ステージAとBは、まだ心不全の症状がでていない状態であり、心不全に進展させる要因(高血圧や糖尿病、心筋梗塞など)の治療を行うことで心不全にならないようにすることが治療目標となります。

ステージCは、心不全の症状が出現している状態であり、心不全の症状が急激に悪化するような事態(慢性心不全の急性増悪)をできるだけ回避することが治療目標となります。

ステージDは、いろいろな心不全の治療を行っても心不全の徴候が改善しない状態であり、心不全の治療を行いつつも緩和ケアや終末期ケアのウエイトが大きくなります。

次回は、『心不全ステージA』について説明します。

【参考資料】
<書籍・文献>

  • 日本心臓財団,心不全に負けずに健康長寿を目指そう,2020年11月
  • 日本循環器学会,心不全療養指導士認定試験ガイドブック改訂第2版,南江堂,2022年

<ホームページ>

  • 日本心臓財団
  • 日本循環器協会
  • 心不全のいろは
  • トーアエイヨー
  • バイエル薬品
  • 小野薬品工業
  • 日本ベーリンガーインゲルハイム
  • MEDLEY
  • Medical Note

心不全通信 No.10「心不全の薬物治療」



心不全通信 No.10 2023年2月号を公開しました。

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、「心不全の薬物治療」について説明します。

  • 心不全で起こる変化(代償機転)
  • 心不全の治療薬の効き方
  • 心不全の治療目標
  • 心不全の薬物治療
  • 心不全を悪化させないためには
  • 薬に興味を持つことが大切!

心不全通信 No.10 2023年2月号

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。

今回は、「心不全の薬物治療」について説明します。

心不全で起こる変化(代償機転)

心不全になると全身に血液などの体液を循環させるポンプ機能が低下します。
このポンプ機能の低下を補うために、脈拍が増えたり血圧が高くなったりといった様々な変化(代償機転)が起こります。

代償機転には、心臓に負担をかけるもの(心筋障害因子)だけでなく、心臓に優しいもの(心筋保護因子)もあります。
心臓に負担がかかりすぎて、代償機転のバランスが心筋障害因子のほうに崩れると、息切れなどの心不全の症状が起こります。

心筋保護因子

ナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP、CNPなど)は、心不全になるとより多く分泌されるホルモンの1つで、血管を広げたり、余分な水分やナトリウムを尿中に排出させたりして、循環させなければいけない体液量を減少させて心臓の負担を減らします。

ANP 心房性(A型)ナトリウム利尿ペプチド
BNP 脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド
CNP C型ナトリウム利尿ペプチド

心筋障害因子

心不全になると循環する体液の量が減り、血圧が下がってくるので、これを修正するために、体液の量を増やして、血圧を上げるような変化がおきます。

交感神経

交感神経は亢進して、心拍数を増加させて心拍出量を増やすことで循環する体液量を増加させ、末梢血管を収縮させて血圧を上昇させます。

レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA 系)

RAA系という一連のホルモンの連携によって、血管を収縮させ、腎臓での水やナトリウムの再吸収を増やすことで、血圧を上げたり体液の量を増やしたりします。

抗利尿ホルモン

排尿量を減らすホルモン(抗利尿ホルモン)であるバソプレシンも血管収縮や腎臓での水の再吸収を増やすことによって、血圧を上げたり体液量を増やすように働きます。

心不全の治療薬の効き方

心不全の治療薬は、「心臓を保護する薬」「心臓を休ませる薬」「心臓を楽にする薬」「心臓を力づける薬」に分けると理解しやすいです。
これらの働きによって、心筋保護因子や心筋障害因子に作用して、崩れた代償機転のバランスを整えます。

心不全の治療薬

心臓を保護する薬 ACE阻害薬 ARB MRA ARNI
心臓を休ませる薬 β遮断薬 ジゴキシン イバブラジン
心臓を楽にする薬 利尿薬 SGLT2阻害薬
心臓を力づける薬 強心薬 ピモベンダン

心臓を保護する薬

ACE阻害薬:アンジオテンシン変換酵素阻害薬

ARB:アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬

心不全ではアンジオテンシンというホルモンが過剰に分泌されて体内のナトリウムの量が増えるので、心臓が循環させないといけない体液量が増え、血管も収縮して血圧が上昇するので、心臓に負担がかかります。
ACE阻害薬やARBは、アンジオテンシンの働きを抑えることで、心臓の負担を軽減し心臓を保護します。

副作用には、腎機能の低下、血圧の低下、血中カリウム値の上昇などがあります。
ACE 阻害薬では副作用として空咳がみられることがあり、副作用でACE阻害薬が使用できない時にはARBを使用します。

MRA:ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

MRAは、水分貯留や血圧上昇に関与するアルドステロンというホルモンの働きを抑え心臓を保護します。

副作用には、血中カリウム値の上昇、胸が張る(女性化乳房)などがありますが、新しいMRAでは女性化乳房が起こりにくくなっています。

ARNI:アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬

ARNIであるサクビトリルバルサルタン(エンレスト錠)は新しく使用できるようになった薬で、心筋保護因子のANPを増やす働きとARBの働きの両方の作用があります。
サクビトリルバルサルタンは、心不全による入院を減らすことができます。

副作用には、低血圧、高カリウム血症などがあります。

心臓を休ませる薬

β遮断薬

心不全では交感神経が興奮しすぎて過度の血圧上昇、脈拍増加などが起きており、心臓に負担がかかっています。
β遮断薬は、β受容体(心臓に多く存在している交感神経から指令を受ける受容体)の働きを抑えることで、血圧を下げたり、脈を遅くしたりして、働きすぎの心臓を休ませて心臓を元気にします。
少ない量から始め、血圧・脈拍・症状をみながら徐々に増やしていきます。

副作用には、血圧が下がりすぎる、脈が遅くなりすぎるなどがあります。

イバブラジン(コララン錠)

β遮断薬は、心拍数を下げるだけでなく、心臓のポンプ機能も下げる作用があり、心不全には少し好ましくありません。
新しく使用できるようなったイバブラジンは、心拍数を下げることに特化した薬で、心臓の拍動リズムを作り出している洞房結節に作用して、心臓のポンプ機能を悪化させることなく脈拍だけをゆっくりにします。

副作用には、目の症状(キラキラ、チカチカ、稲妻のような光が見える)や立ちくらみ、ふらつきなどがあります。

心臓を楽にする薬

利尿薬

心不全で余分な水分が身体にたまると浮腫がおこり、肺に水が溜まると息苦しさを感じるようになります。
利尿薬は、尿として余分な水分を体外に排出させて、うっ血の症状(浮腫、息苦しさなど)を軽減します。

利尿薬を服用すると尿が近くなることがありますが、自己判断で中止しないでください。
日常生活に困るようであれば、医師に相談してください。

SGLT2阻害薬

SGLT2阻害薬は、尿として水分とともに余分な糖も排出させて血糖値を下げることができるので、糖尿病の薬として使われています。
このSGLT2阻害薬は、余分な水分を尿として排出するだけでなく、心臓や腎臓にも良い働きをして心不全の予後も改善するので、心不全でも使用されるようになりました。
SGLT2 阻害薬を血糖値が高くない人が服用しても過剰に血糖値を下げることはないので、血糖値が高くない心不全の人が使用しても低血糖になる心配はありません。
発熱や下痢などで、食事ができないときには休薬が必要です。

副作用には、排尿時の違和感や痛み、ふらつきやだるさなどがあります。

心臓を力づける薬

強心薬:ピモベンダンなど

強心薬は、心臓の筋肉に作用して、心臓のポンプ機能を強くします。
強心薬を使用することは疲れている心臓に鞭打つことになり、生命予後を悪くすると考えられていますが、その使用により心不全の症状(倦怠感、息苦しさなど)を改善することができます。
そのため、「予後の改善」より「症状の改善」を優先したい場合に使用します。

ベルイシグアト(ベリキューボ錠)

新しく使用できるようになった薬です。
血管内では一酸化窒素(NO)が情報伝達の重要な働きをしていますが、心不全になるとNOが作用する受容体の機能不全が生じます。
ベルイシグアトは、NOが作用する受容体を直接刺激したり、NOが作用する受容体の感受性を高めたりすることによって、心臓収縮力を強めたり血管の機能を調節したりして心不全の進行を抑制します。

副作用には、脱力感、めまい、ふらつき、立ちくらみ、意識の消失などがあります。

心不全の治療目標

心不全は適切な治療を行っていても徐々に進展し突然死することもあるので、心不全になってからの治療だけでなく、心不全にならないようにする治療も大切です。
そのため心不全の治療目標は、上の図のように心不全を発症する前の段階(リスクステージ)を含めた4つのステージに分けて考えるとわかりやすいです。

心不全発症前の治療目標

心不全を発症する前の段階(リスクステージ)は、ステージA・Bが該当します。
ステージA・Bでは、心不全予防や心不全になるのを遅らせるために、心不全を引き起こす原因となる高血圧や糖尿病、動脈硬化症の要因となる高コレステロール血症などの脂質異常症をきちんと治療することが大切です。

「禁煙」は必ずしましょう。

心不全発症後の治療目標

心不全を発症した慢性心不全の状態がステージC で、心不全の増悪を繰り返して治療が困難な状態(ステージD)になり、最期を迎えることになります。
急性心不全で初めて入院した後1 年以内に心不全で再入院する人は4 人に1 人とされており、急性増悪(急性心不全)を繰り返すと心不全が重症化するので、ステージC 以降は症状の改善や心不全の増悪を防ぎ、再入院しないようにすることが治療目標となり、終末期になるほど症状の軽減が重視されます。

心不全の薬物治療

心不全の薬物治療は、「予後の改善」と「症状の改善」の2 つの視点で行いますが、心臓のポンプ機能の違いによって、予後を改善するために使用する薬が違ってきます。
心臓のポンプ機能は、左心室から血液を駆出する能力を心臓エコー検査で測定することでわかります。

心臓のポンプ機能の違いにより心不全は、左心室の収縮機能が低下したHFrEF〔ヘフレフ〕、左心室の収縮機能は保たれているが左心室の拡張機能が障害されているHFpEF〔ヘフペフ〕、HFrEF〔ヘフレフ〕とHEpEF〔ヘフペフ〕の中間のHFmrEF〔ヘフエムレフ〕の3つに分類されます。
HFpEF〔ヘフペフ〕は、近年増加してきており心不全患者の約半数を占めます。

HFrEF〔ヘフレフ〕で用いる薬

アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE 阻害薬)かアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)と交感神経の働きを抑えるβ 遮断薬を併用し、場合によってはミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)を追加します。
この治療で効果が不十分なときにはACE 阻害薬(あるいはARB)をアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)に切り替えます。
ACE 阻害薬またはARB、MRA、ARNI は、心不全の初期から継続して使用します。
最近では、SGLT2 阻害薬やイバブラジンも使用するようになってきています。

HFpEF〔ヘフペフ〕で用いる薬

HFrEF〔ヘフレフ〕の予後を改善する薬でもHFpEF〔ヘフペプ〕の予後も改善するわけではありません。
今まではHFpEF〔ヘフペプ〕に有効な薬はなかったのですが、最近SGLT2 阻害薬のエンパグリフロジン(ジャディアンス錠)やダパグリフロジン(フォシーガ錠)がHFrEF〔ヘフレフ〕だけでなくHEpEF〔ヘフペフ〕でも有効であることがわかりました。
ARNI のサクビトリルバルサルタンもHFpEF〔ヘフペフ〕で使用できます。

HEmrEF〔ヘフエムレフ〕で用いる薬

残念ながら臨床研究が十分に行われておらず、どの薬を使うと良いのかわかっていません。
そのため、個々の病状に応じて使用する薬を判断することになります。

心不全を悪化させないためには

心不全を悪化させないためには、きちんと薬を服用するとともに日常生活にも気をつける必要があります。
つまり、生活習慣を改善(塩分を摂りすぎない食事、医師のアドバイスによる運動など)し、インフルエンザや肺炎球菌などのワクチン接種をして感染症にかからないようにして、きちんと受診すると良いです。

薬に興味を持つことが大切!

今回は薬のはなしで、わかりにくいことが多かったのではないでしょうか。
あなたが服用している薬に興味を持つこと、その薬を理解して納得して服用することは心不全の治療に限らず、薬物治療では非常に大切なことです。
心不全の薬についてもっと知りたいとき、わからないことがあるときは、何度でも薬剤師に相談すると良いです。当然、医師に相談されても良いです。

【参考資料】
<書籍・文献>

  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック改訂第2版,日本循環器学会,南山堂,2022年
  • 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版),日本循環器学会
  • 心不全手帳(第3版),日本心不全学会,2022年
  • 沢井製薬提供冊子:多職種で取り組む心不全の診療,2022年

<ホームページ>

  • NHK 健康Ch,心不全の薬による治療,2021年10月29日更新
  • NHK 健康CH,心不全とは?症状と主な原因(狭心症、高血圧など)入院1年以内に2割が死亡,2021年5月16日更新

心不全通信 No.9「人生会議と心不全の緩和ケア」


心不全通信 No.9 2022年10月号を公開しました。

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、「人生会議と心不全の緩和ケア」について説明します。

  • 心不全とは
  • 誰にでも訪れる時のために
  • 人生会議とは
  • あなたの大切な人の心の負担を軽くする
  • 話さなくてもよい
  • 人生会議と緩和ケア
  • 緩和ケアは終末期に始めるものではない
  • “心不全”と“がん”の緩和ケアの違い
  • 心不全の緩和ケアの実際
  • 呼吸困難(息苦しさ)
  • 疼痛(痛み)
  • 倦怠感
  • 抑うつ・不安
  • せん妄
  • 死前喘鳴(のどがゴロゴロ鳴る)
  • 終末期の苦痛

心不全通信 No.9 2022年10月号

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。

今回は、「人生会議と心不全の緩和ケア」について説明します。

誰にでも訪れる時のために

心不全に限らず医療は絶えず進歩しており、心不全においても新しい治療法や薬物療法も行われるようになっています。
ですが、心不全を完全に治すことはできておらず、だんだんに悪くなって、誰にも訪れる最期の時を迎えます。

・・・そのような時のために『人生会議』はあります。

人生会議とは

「人生会議」とは、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)の愛称で、あなたの大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、自ら考え、あなたの信頼する人たちと話し合うことです。
「会議」といっても日時を決めて開く必要はなく、日常生活の中で、自分の大切にしていることや望みを話してみることで良いのです。
以前言ったことと違っても良いのです。人の気持ちや考えは変わるものです。
繰り返し繰り返し、話をすることで、あなたが大切にしていることや望みがあなたの信頼する人たちに必ず伝わります。

あなたの大切な人の心の負担を軽くする

命の危険が迫った状態になると、多くの場合に、これからの医療やケアなどについて自分で決めたり、人に伝えたりすることができなくなります。
あなたがそのような状況になった時、家族などあなたの信頼できる人が「あなたなら、たぶん、こう考えるだろう」とあなたの気持ちを想像しながら、医療やケアについて話合いをすることになります。
あなたの信頼できる人が、あなたの価値観や気持ちをよく知っていることは、その判断の重要な助けとなります。

さらに、人生会議を重ねて、あなたの心の声を伝えておくことは、あなたが自分の気持ちを話せなくなった「もしのとき」に、あなたの大切な人の心の負担を軽くするでしょう。

話さなくてもよい

残された時間のことを考えたくなければ、人生会議はしなくて良いです。
考えてみようかなと思えるようになるまで待てば良いのです。

人生会議はしたいけど、そのきっかけがないのであれば、医療ソーシャルワーカーにご相談ください。
お話を聞かせていただきます。
医療ソーシャルワーカーは人生会議のきっかけづくりのお手伝いをします。

人生会議と緩和ケア

人生会議をする前に、緩和ケアについて知っておいてください。
緩和ケアは、あなたが苦しんでいる症状(呼吸困難や倦怠感、痛みなど)の緩和を優先して治療・ケアを行うことで、病気の治療をやめることではありません。

緩和ケアは終末期に始めるものではない

緩和ケアは終末期になって始めるのではなく、病気になった当初から始めるほうがよく、病気の進行に伴い緩和ケアの優先度合いを増してゆくことで、あなたや家族の生活の質(QOL)の低下を防ぐことができると考えられています。

“心不全”と“がん”の緩和ケアの違い

がんの緩和ケアと心不全の緩和ケアは、その考え方が違います。

  • がんの緩和ケアでは終末期に近づくにつれて効果の期待できない抗がん剤治療などを差し控えて患者さんの生活の質(QOL)の低下を防ぐことを優先します。
  • 心不全の緩和ケアでは心不全の治療が症状の緩和に有効なので、心不全の治療薬を中止すると症状を悪化させることになります。

そのため、心不全の緩和ケアでは多くの場合で心不全の治療を可能な限り継続します。

心不全の緩和ケアの実際

心不全の終末期が近づくにつれて、呼吸困難、倦怠感、疼痛(痛み)、抑うつなどの症状がでてきます。
このような症状に対して、心不全の治療自体が有効なことが多く、心不全の治療をできる限り継続しながら、つぎのような治療・ケアを同時に検討してゆきます。

なお、緩和のための治療・ケアに用いる薬のほとんどが承認された薬の使用方法ではありませんが、一般的に安全に行われている使用方法でもあります。

呼吸困難(息苦しさ)

呼吸困難は心不全の症状の1つで、心不全の治療が呼吸困難に有効ですが、末期心不全では心不全の薬物治療のみでは呼吸困難の症状をコントロールできなくなることがあります。
呼吸困難に対して、酸素投与や患者さんが安楽に感じる身体の姿勢(ポジショニング)、扇風機などでの顔への送風などが有効なこともあります。

薬物治療としてはモルヒネなどのオピオイド系薬剤を使用して、息苦しさを感じにくくします。
このとき使用するモルヒネの量は、がんの痛みの時に使用する量より少ない量です。

疼痛(痛み)

心不全の進行に伴い、様々な痛み(狭心痛、関節痛、ピリピリとした痛みを感じる神経障害性疼痛など)を感じることが多くなります。
その痛みは、心不全そのものによる症状であったり、併存症や精神的なストレスが原因とされていますが、原因がわからない場合も多いです。
いわゆる“痛み止め薬”(非ステロイド性抗炎症薬:ロキソプロフェンなど)は終末期の心不全では腎機能障害の悪化や体液貯留を増悪させることがあるので、できるだけ使用を控えます。

鎮痛薬としてはアセトアミノフェン製剤を使用して、神経障害性疼痛には鎮痛補助薬(プレガバリン、ミロガバリンなど)を併用します。
アセトアミノフェン製剤を使用しても疼痛コントロールが困難な場合には、オピオイド系薬剤(モルヒネなど)を使用します。

倦怠感

心不全による心拍出の低下により倦怠感がでることが多く、薬物療法で対処できないことが多いです。
電解質異常、心不全の治療薬(利尿薬、β遮断薬など)の過量投与、貧血、抑うつ状態、甲状腺機能低下、睡眠時無呼吸、潜在性感染症などが倦怠感の原因であることもあります。
電解質の1 つであるカリウムが不足しておればカリウムの補充、利尿薬の過剰であれば利尿薬の減量中止、β 遮断薬の過量であれば減量中止、輸血、抗うつ薬の投与などを検討します。

がんの倦怠感の時に一般的に使用されるステロイド製剤は、浮腫を増悪させたりせん妄の原因となることがあるので、心不全の倦怠感でのステロイド製剤の使用は薦められません。
軽度の有酸素運動やエネルギー温存療法(倦怠感が強い時間帯と弱い時間帯の症状の程度に合わせて、倦怠感が弱い時間帯に、一日の中で優先度が高いと思う活動をし、倦怠感が強いときには、身の回りのことを身近な人や家族に手伝ってもらうこと。)が有効なこともあります。

抑うつ・不安

心不全に伴う抑うつは生活の質QOL の低下だけでなく、予後不良の原因にもなります。
薬物治療には、抑うつの時に一般的に使用される抗うつ薬を使用します。
不安症状には抗不安薬の使用や抗うつ薬を併用することもあります。
心臓リハビリテーションやカウンセリングなどが有効なこともあります。

せん妄

高齢者の心不全の終末期にはせん妄(意識が混乱することで、つじつまが合わず、いつもと違う行動をとるようになること。多くの場合は自然にウトウトするようになりますが、時に興奮状態になることがあります。)が起こりやすいです。
心不全により脳に供給される血液の量の低下や肺障害、電解質異常、ポリファーマシー(多くの薬剤の服用による有害事象)などが原因となっていることがあります。

せん妄は認知症や抑うつ症状と似ているのですが、せん妄は夜間に増悪する傾向があります。
せん妄は療養している環境や薬剤により起こることもあります。
そのため、せん妄を起こしうる環境を改善したり、せん妄を起こしうる薬剤(抗ヒスタミン薬、降圧薬、β遮断薬、抗不整脈薬、睡眠薬、抗不安薬など)を見直します。
それでもせん妄の興奮状態が改善しない時は、抗精神病薬を使用することもあります。

死前喘鳴(のどがゴロゴロ鳴る)

死を目前に控えた段階では、意識が混濁し、せん妄や死前喘鳴(のどがゴロゴロ鳴る)を認めることが多いです。
死前喘鳴は唾液などがのどに絡むことで起こります。

身体の位置の工夫(上半身を少し上げて顔をしっかりと横に向ける)や点滴をしている場合にはその量を減らしたり止めたりします。
唾液を減らす薬を用いたり、痰を吸引すること(吸痰)もあります。
ただ死前喘鳴は周りの人が感じるほど本人には苦痛でないとされており、本人には吸痰が苦痛になるとの考えもあります。

終末期の苦痛

ほかの方法で緩和できない耐え難い苦痛がある患者さんでは、症状緩和のための鎮静を検討することもあります。
鎮静をおこなったからといって全く会話ができなくなるわけではなく、会話ができる程度に鎮静することもできます。(調節型鎮静)
調節型鎮静で患者さんの苦痛が十分に取り除けない時は、持続的な深い鎮静をおこなうこともあります。
いずれにしても、薬の投与量を変えることで、患者さんが一番満足できる鎮静の程度に調節できます。

次回は、『心不全の薬物療法』について説明します。

【参考資料】
<書籍・文献>

  • 月刊薬事,Vol.64,No.2,2022年
  • 月刊薬事,Vol.62,N0.14,2020年
  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック,日本循環器学会,南山堂,2020年
  • 三浦久幸,在宅における非がん性呼吸器疾患・呼吸器症状の緩和ケア指針,2022年
  • 循環器疾患における緩和ケアについての提言,日本循環器学会,日本心不全学会,2021年
  • 心不全緩和ケアの薬剤業務に関する進め方,日本病院薬剤師会,2021年
  • 非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021 年,日本呼吸器学会・日本呼吸ケアリハビリテーション学会,2021年
  • 北野大輔:心不全に対する緩和医療,日大医誌,Vol.79,No.4,2020年
  • 安斉俊久:心不全の緩和ケア療法,現代医学,Vol.67,No.1,2020年
  • 大石醒悟:心不全治療と併存する緩和ケア,日内雑誌,No.109,2020年
  • 木澤義之:人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)本人の意向に沿った人生の最終段階の医療・ケアを実践するために,ファルマシア,Vol.56,No.2,2020年
  • <ホームページ>

    • 日本緩和医療学会
    • がん情報サービス(国立研究開発法人国立がん研究センター)
    • 人生会議してみませんか(厚生労働省)
    • 緩和ケア普及のための地域プロジェクトOPTIM

心不全通信 No.8「心不全の人の食事」


心不全通信 No.8 2022年6月号を公開しました。

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、「心不全の人の食事」について説明します。

  • 心不全とは
  • 心臓に良い食事パターン
  • 食事バランスガイドを活用しましょう
  • 朝食を摂り、遅い時間の夕食は避けましょう
  • 心不全の食事療法の目標
  • 食品の心臓への影響

心不全通信 No.8 2022年6月号

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。

今回は、「心不全の人の食事」について説明します。

心臓に良い食事パターン

日常的な食事は種々の食品の組み合わせなので、個別の栄養素だけでなく、摂取する食品の組み合わせ(食事パターン)にも配慮することが大切です。
心血管イベントの予防に有用な食事パターンには、地中海沿岸諸国の地中海食や米国国立衛生研究所が推奨するDASH食などがあり、日本食パターンも心血管死のリスクを低下させます。
和食はユネスコ無形文化財に登録され、健康食としても世界的に注目されていますので、減塩を加味した日本食パターンの食事もお勧めです。

地中海食 魚,野菜,果物,ワイン,全粒穀物,オリーブ油,ナッツを多く含む食事
DASH食 野菜,果物,低脂肪の乳製品を多く摂り,肉類,菓子類,砂糖を含むソフトドリンクを減らす食事
日本食パターン
The Japan Diet
肉,油脂の摂取が少なく,大豆,魚,野菜,海藻,キノコ,果物などの摂取が多い食事

食事バランスガイドを活用しましょう。

栄養のバランスの良い食事は、心不全などの心疾患や糖尿病、高血圧、脂質異常症、脳血管障害、がんなどの生活習慣病の予防や悪化予防になります。
厚生労働省と農林水産省が発表した「食事バランスガイド」を参考にすると簡単に日本食パターンの栄養のバランスの良い食事を実践できます。
この「食事バランスガイド」は、食品を主食、副食、主菜、牛乳・乳製品、果物の5 つに分け、それぞれを1 日にどれくらい食べたら良いかを示しています。

朝食を摂り、遅い時間の夕食は避けましょう。

朝食を抜く人は肥満、糖尿病の発症、心血管イベントが増し、朝食を抜くことに加え遅い時間に夕食を摂る人はメタボリックシンドロームのリスクが高まります。

心不全の食事療法の目標

過不足のない適切な栄養やエネルギー摂取と健康的な体重の維持により、心不全が増悪しないようにすることが、心不全の食事療法の目標となります。
ただし、心不全は悪くなったり良くなったりを繰り返して次第に心機能や身体機能も低下し、栄養状態も悪化して、終末期に近づいて行きますので、その時期により心不全の食事療法は、その目標・注意点などが異なってきます。

塩分

塩分の過剰摂取は血圧を上昇させ心血管病のリスクを高め、体液貯留の原因となるので、1日6g未満にすることが推奨されています。
特に心不全では塩分の摂りすぎが心不全悪化の原因となることがあるので、塩分の過剰摂取にならないようにすることが重要です。
ただし、高齢者で塩分制限によって食事が味気なくなり食欲がなくなるようであれば、エネルギー確保を優先し、塩分制限にこだわるべきではないとも考えられており、このような時は主治医に確認してください。

水分制限

心不全での水分制限について明確な指標はないので、医師の指示がない限り、過剰な摂取を控えることで良いです。
1日に必要な水分量は、食事中の水分も含めて30~40mL/kg/日ですが、これは年齢によって異なり、75歳以上では少なくとも25mL/kg/日は摂るべきとされています。
高齢者では加齢とともに口渇中枢の働きが低下するので、環境や体調によって水分摂取を勧めるなどの支援も必要です。

カロリー(エネルギー)

カロリーの摂りすぎは、体重の増加につながります。
WHO はBMI が25kg/m2 以上を過体重、30kg/m2 以上を肥満としていますが、日本人ではBMIが25kg/m2を超えたあたりから耐糖能障害、脂質異常症、高血圧などが増えてくるので、25kg/m2以上を肥満としています。
心臓のポンプ機能が保たれた心不全は肥満の人に多いという研究もありますが、BMI が18.5kg/m2 未満のやせた人は脳梗塞、脳出血のリスクが高くなるので痩せすぎにも注意が必要です。
成人以降の体重増加も冠動脈疾患のリスクとなります。
20 歳代にBMI が21.7kg/m2 未満であった人が、その後10kg以上体重が増加すると冠動脈疾患のリスクが2 倍に増えるので、成人早期から普通体重(18.5~24.9kg/m2)を維持するようにするべきです。

タンパク質

中等症以上の腎機能障害がなければ、慢性心不全などでは1.2~1.5g/kg/日のタンパク質を摂取すると良いでしょう。
中等症以上の腎機能障害がある時は、サルコペニア(高齢期にみられる骨格筋量の低下と筋力や身体機能の低下した状態)やフレイル(年をとって体や心のはたらき、社会的なつながりが弱くなった状態)にならないように30kcal/kg/日以上の十分なエネルギーと0.6~0.8g/kg/日のタンパク質を摂取すると良いでしょう。

脂質

ヒトは脂質、炭水化物、タンパク質からエネルギーと摂っており、脂質から得るエネルギーの割合を「脂肪エネルギー比率」といいます。
脂肪エネルギー比率が高くなると心臓病、メタボリックシンドローム、肥満のリスクが高くなります。
脂質はエネルギー源であると同時に細胞膜を作る必須の成分でもあり、脂質をつくる脂肪酸の種類によって身体への影響は大きく異なります。

飽和脂肪酸

飽和脂肪酸は、肉などの動物性脂肪や乳製品、パーム油などの植物油脂に多く含まれています。
動脈硬化への影響は少ないとの研究もあるのですが、LDL コレステロールを増加させ心筋梗塞を起こしやすくするので、過剰な摂取は控えるべきでしょう。
しかし、極端に減らすと脳出血が起こりやすくなるので、極端に摂取を減らすべきではありません。

不飽和脂肪酸(一価不飽和脂肪酸)

オレイン酸が代表的なもので、動物性脂肪やオリーブ油などに多く含まれています。
飽和脂肪酸よりLDL コレステロールを上昇させにくいので、心血管予防効果が“ある”という研究と“ない”という研究があります。
オリーブ油から一価不飽和脂肪酸を摂った場合には心血管死が減少したが、動物や植物から摂った場合には効果がなかったという研究もありますので、どのような食品から一価不飽和脂肪酸を摂取するかも重要なようです。

不飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸 – ω3系不飽和脂肪酸)

ω3 系不飽和脂肪酸には、食用油由来のα-リノレン酸と魚介類由来のEPA、DHA があります。
EPA は二次予防効果(冠動脈疾患にかかったことがある人が再び冠動脈疾患に罹らないようにする効果)があるとされていますが、これらの報告は古い研究が多く、近年実施された研究では有効性が示されておらず,効果は限定的かもしれません。
また冠動脈疾患にかかったことがない人でも冠動脈イベント発生を抑制できるどうかについてはよくわかっていません。

不飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸 – ω6系不飽和脂肪酸)

リノール酸が代表的なもので、大豆油やコーン油などの植物油に多く含まれています。
リノール酸は心血管疾患発症の予防に有用なのですが、ω6 系不飽和脂肪酸は体内で炎症を引き起こす物質(プロスタグランジン、ロイコトリエンなど)に変化して、冠動脈疾患を増やす可能性もありますので、過剰な摂取はさけるべきでしょう。

不飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸 – トランス脂肪酸)

トランス脂肪酸を多量に摂取すると、HDL コレステロールが減少し、LDL コレステロールが増加して冠動脈疾患のリスクが高まるので、WHO はトランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー摂取量の1%未満とするよう勧告しています。
この勧告に従うと、日本人では1 日あたり約2g未満となりますが、日本人が摂取しているトランス脂肪酸の量は0.9g 程度であり、健康への影響は少ないと考えられています。
近年、脂質を摂りすぎている人が増えてきています。
脂質エネルギー比率が高くなるとトランス脂肪酸の摂取も増える可能性がありますので、脂質の摂りすぎにならにようにしましょう。

食品の心臓への影響

魚は積極的に摂取するべきで、ω3 系不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を多く含む青魚などは、冠動脈疾患の予防に有用です。
週に8 回魚を摂取する人は、週に1 回だけの人と比べ、冠動脈疾患のリスクが37%少ないことやω3 系不飽和脂肪酸の摂取量が多いほど心血管死亡率が少なくなるとの研究があります。

赤身肉

肉の過剰摂取は心血管疾患のリスクになると言われていましたが、日本人の肉の摂取量程度(100 g/日未満)では心血管死は増加しないと考えられるようになっています。
ただし、動物性脂肪(飽和脂肪酸)の過剰摂取はコレステロールを上昇させる要因となるので、脂肪が少ない赤身肉を選ぶほうが良いです。
また、過度に肉食を控え飽和脂肪酸の摂取量が少なくなりすぎると脳血管障害のリスクが増えるので、適度な摂取が良いです。

加工肉

ハムやソーセージなどの加工肉を1日75g以上(ソーセージ1本15g として5本以上、スライスハム1枚10gとして7枚以上)摂取する人は、1日25g未満の人と比べて、心不全発症リスクが1.28倍、心不全死亡リスクが2.43倍増えるとの研究がありますので、過剰摂取には気をつけましょう。

野菜、果物

野菜、果物はビタミン、ミネラル、繊維質を豊富に含み、心血管死の減少に有用との報告があり、野菜、果物が一品食卓に増えることで心血管死のリスク低下につながります。

全粒穀物

全粒穀物(糠となる部位を除去していない穀物やその製品)は、食物繊維、ビタミン、ミネラルなどを多く含み、冠動脈疾患の予防や心血管死のリスク減少効果があります。

ナッツ

ナッツは不飽和脂肪酸、繊維質、ビタミン、ミネラルを豊富に含み、冠動脈疾患の発症リスクを減少させるとの研究があります。

アルコール

アルコールは心毒性を有することから、過剰な摂取はアルコール性心筋症のリスクとなりますが、軽度のアルコール摂取は心不全発症のリスクを低下させます。
心血管予防のために飲酒習慣のない人が飲酒する必要はありませんが、飲酒習慣がある人では、純アルコールで1日30g未満の摂取にとどめると良いでしょう。

清涼飲料水(加糖飲料)

清涼飲料水や加糖飲料の多量摂取は、過剰エネルギーにつながり、肥満、糖尿病のリスクを高めます。
カロリーゼロを謳った人工甘味料を使用した清涼飲料水も糖尿病の発症に関与する可能性があるので、注意が必要です。

次回は、「人生会議と心不全の緩和ケア」について説明します。

【参考資料】

  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック,日本循環器学会,南江堂、2020年
  • 心不全患者における栄養評価・管理に関するステートメント,日本心不全学会ガイドライン委員会,2018年
  • 農林水産省ホームページ,トランス脂肪酸について
  • 厚生労働省ホームページ,「食事バランスガイド」について
  • 日本サルコペニア・フレイル学会ホームページ
  • 食べて元気にフレイル予防,厚生労働省 令和元年度食事摂取基準を活用した高齢者のフレイル予防事業

心不全通信 No.7「心不全でも運動は大切!」



心不全通信 No7 2022年2月号を公開しました。

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、「心不全でも運動は大切!」について説明します。

  • 心不全とは
  • 心不全は予防できることもある
  • 心不全でも運動は大切
  • 運動耐容能に基づいた運動処方
  • 運動耐容能の評価
  • 心不全の運動療法
  • 心不全の運動療法を安全に行うために
  • 記録は大切

心不全通信 No.7 2022年2月号

心不全は予防できることもある

心不全を引き起こす病気や食事・運動などの生活習慣に適切に対応することで、心不全を予防し、悪化・再発を回避することができる場合があります。
たとえば、高血圧を治療すると心不全の発症を抑制し生命予後を伸ばすことができます。
冠動脈疾患や肥満・糖尿病の適切な生活習慣の改善や治療は心不全の発症予防と生命予後の改善のために大切です。
禁煙は心不全の死亡率や再入院率を軽減し、飲酒者の適量の飲酒習慣は心不全の発症を抑制するとのデータがあります。
とはいえ、飲酒習慣がない人が無理に飲酒する必要はなく、飲みすぎは心不全だけでなく身体にとっても良くないです。
また、適度な身体活動や運動習慣は心不全の発症を抑制します。

心不全でも運動は大切

以前は、心臓に病気がある人は絶対安静が基本でしたが、過剰な安静は身体機能の低下をもたらし寿命を短くすることが明らかになったので、現在では、適度な運動をすることが勧められています。

運動耐容能に基づいた運動処方

運動療法は、運動の種類、運動の強さ、運動の時間、運動の回数などによって心臓への負担が異なります。
そのため、心不全の運動療法を安全に実施するには、心不全の状態に応じた個別の適切な運動、すなわち、その人の運動耐容能に応じた運動を「運動処方」に基づいて実施すべきです。
自己判断による不適切な運動は危険な場合もあります。

運動耐容能の評価

心不全の人の運動耐容能を評価する方法には、心肺運動負荷試験と6分間歩行試験などがあります。

心肺運動負荷試験

自転車エルゴメーターやトレッドミルなどを用いて運動しながら同時に呼気ガス分析を行って運動耐容能を評価する方法で、特別な装置が必要です。
当院で実施することはできませんが、この検査が必要な方には、川崎医科大学循環器内科に依頼して実施しています。

6 分間歩行試験

特別な設備を必要としない評価方法です。
最大に努力して6 分間で歩行できる距離を測定する方法です。
当院でも実施しています。

心不全の運動療法

心不全の運動療法(心臓リハビリテーション)は、心不全の悪化による再入院を防ぐことを目的に行います。
心不全だけに限りませんが、運動療法はウォームアップ、主運動、クールダウンから構成されます。

ウォームアップ(準備体操)

身体を安静から運動へ移行させる準備で、骨格筋を収縮・進展させ、血液循環を促します。
ウォームアップで実施されるストレッチングは、筋肉・靱帯・腱などやそれらを互いに結合する組織の伸展性を高め、関節の可動域を広げます。
ストレッチングは、静的なストレッチングと動的なストレッチングを組み合わせることが好ましく、静的なストレッチングは「気持ち良い」と感じるくらいの強さで、ひとつの動作を30秒程度実施することが望ましいです。

主運動 有酸素運動とレジスタンス運動

心不全の運動療法では、有酸素運動とレジスタンス運動を併用して行います。

有酸素運動

心肺運動負荷試験のデータに基づいて行うのが好ましいです。
ウォーキング、自転車エルゴメーター、軽いエアロビクスなどが勧められます。
ジョギング、スイミング、テンポの速いエアロビクスダンスなどは好ましくないです。
5~10分程度の短い時間から開始し、徐々に目標の運動時間まで少しずつ増やし、安定期にある心不全では1日20~60分まで運動時間を増やします。
頻度は、心臓機能の程度により異なり、週3~5回程度が好ましいとされています。

レジスタンス運動

一般的には「ややきつい」と感じるレベルで行います。
軽量のダンベルを利用したものや特別な器械や器具を必要としない自重負荷による方法などがあります。
低強度の運動から始め、心不全の徴候がなければ徐々に適切な運動強度まで少しずつ増します。
息こらえをしながら行うと過度な血圧上昇を引き起こすことがあるので、声を出して数を数えながら実施するなど息をとめないように行うのがコツです。
毎日行わず、週2~3回程度、1日おき程度での実施が好ましいとされています。

クールダウン(整理体操)

運動終了後の過度の血圧低下や目眩などの自覚症状の出現を回避するために必要です。
低負荷の運動やストレッチングなどの整理体操により、徐々に安静時の心拍数や血圧に戻すために行う運動です。

心不全の運動療法を安全に行うために

運動してはいけない時

息切れが悪化している、安静にしていても息が切れる、体重やむくみが増している、動悸、倦怠感、めまい、食欲不振があるなど心不全の悪化を疑う自覚症状や身体所見があるときは運動療法をしてはいけません。

運動は家族・友人と一緒に行う

高齢者の心不全では、運動耐容能が低く、持続的な有酸素運動が困難な場合が多いので、有酸素運動よりレジスタンス運動の重要性が高くなります。
また、運動療法中の心血管イベント発生リスクが若い人より高いので、はじめは病院や施設などのリハビリスタッフがいる環境で行います。
安全に運動療法を行うことができると確認された人は、自宅でも運動療法(運動処方に基づくことが望ましい)を行います。
その場合でも、心血管イベントの発生に備えて、家族や友人などと一緒に行う方がより好ましいです。

運動は食後2時間程度経過してから行う

食事直後は、食物の消化・吸収のため腸管の血液の需要が増加するので、食事直後に運動すると腸管や骨格筋への血液の需要に対する血液の供給が不足して心不全の徴候の出現や心不全の増悪を招く危険性があります。
そのため、食後2時間程度経過してからの実施が好ましいです。

ウォームアップとクールダウンは必ず行う

安全に心不全の運動療法を実施すために、運動を始める時にはウォームアップを、運動を終わる時にはクールダウンを必ず行います。

安静時の状態に戻らない時は主治医に相談

運動療法終了後も血圧や脈拍数が安静時の値まで改善しない、疲労感や呼吸困難感が残っている場合は、心不全の増悪や運動が過度になっている可能性がありますので、主治医にご相談ください。

気温や湿度にあった服装

運動を実施する際には気温や湿度などの環境に合わせた服装で運動します。
特に、気温が高い夏季では発汗の透過性を保てるものが、気温が低い冬季では保温にも配慮した服装が好ましいです。

脱水にならないように水分摂取する

発汗による脱水を回避するために、水分摂取をこまめに行います。

記録は大切

安全に運動療法を行うために、心拍数、血圧、脈拍などを計測しながら行うようにします。
また、心不全の増悪の徴候を早期に発見するために、脈拍数、血圧、体重、食欲や疲労感などの自覚症状の推移の記録をつけることが好ましいです。
記録する方法には、心不全手帳などに記入する方法以外に、スマートフォンを利用した簡便な方法もあります。
興味のある方は、岡本医師(心不全外来担当)に、ご相談ください。

【参考資料】

  • 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(2021年改訂版):日本循環器学会
  • 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版):日本循環器学会
  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック:日本循環器学会、南江堂、2020年
  • 心不全の心臓リハビリテーション改訂版:ジャパンハートクラブ編
  • 心不全手帳(第2版):日本心臓財団

ホームページ

  • 川崎医科大学循環器内科
  • 日本心臓財団
  • SaluDi:沢井製薬

心不全通信 No.6「心不全の原因となる不整脈に対する非薬物療法」



心不全通信 No6 2021年10月号を公開しました。

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、心不全の原因となる不整脈に対する非薬物療法について説明します。

  • 心不全とは
  • 心臓が拍動するしくみ
  • 不整脈とは
  • 期外収縮(脈がとぶ)

心不全通信 No.6 2021年10月号

心臓が拍動するしくみ

心臓は1日に約10万回も拍動してポンプ機能をはたしています。
心臓のなかを電気信号がタイミングよく、一方通行で伝わることによって、心臓は規則正しく拍動し、それが“脈”として観察されます。
この電気信号は、心房にある洞結節でつくられ、心房を収縮させた後、房室結節などの刺激伝送系(心臓にある電線のようなシステム:洞結節→房室結節→ヒス束→右脚・左脚→プルキンエ線維)によりタイミングよく心房から心室へと伝えられて、心臓は拍動します。

不整脈とは

不整脈は、心臓の拍動(収縮と弛緩の繰り返し)が不規則だったり、遅くなったり、速くなったりすることよって、脈が不規則になったり(期外収縮)、遅くなったり(徐脈)、速くなったり(頻脈)するものです。
脈は、息を吸うと速くなり、吐くと遅くなり、運動や体温の上昇で速くなりますが、これは生理的な正常な反応で、不整脈ではありません。

期外収縮(脈がとぶ)

期外収縮は、もっとも多い不整脈で、30歳を過ぎるとほとんどの人にみられ、年齢に従って増えてきます。
期外収縮には、心房性期外収縮(電気信号が洞結節以外の心房から発生)と心室性期外収縮(電気信号が心室から発生)があります。
いずれの期外収縮も脈が1回とんだように感じます。
これは、通常より早く心臓が収縮することで、押し出される1回分の血液の量が少なくなり、脈として感じることができなかったためです。
期外収縮があっても、多くの場合で何も症状はありませんが、喉や胸の不快感、動悸、キュッとしたごく短時間の胸の痛みを感じることもあり、連続して起こると一時的に血圧が下がって、めまいや動悸を感じることもあります。
期外収縮は自律神経のバランスが崩れた時に起こることが多く、睡眠不足、過労、ストレス、アルコールやカフェイン飲料の摂りすぎなどが誘因となり、年齢や体質的な理由で起こります。
多くの場合で病気とは関係ありませんが、期外収縮から危険な不整脈になる可能性がないか調べておいた方がよいでしょう。

徐脈(脈が遅い)

脈拍数が50 回/分より少ないのが徐脈です。
主な原因は、「洞結節」や「房室結節」に起こった電気信号の異常です。
電気信号がつくられなかったり、電気信号が途中でストップしたりするために起こります。
加齢や動脈硬化の進行している人で起こりやすく、甲状腺ホルモンの分泌低下や薬の副作用で起こることもあります。
直接的に生命に関わることはありませんが、息切れやだるさ、足のむくみなどの症状があり、脳への血流が不足するとめまいや失神を起こすこともあります。

洞不全症候群

右心房にある洞結節に異常が生じ、心臓を動かす電気信号が極端に少なくなったり、発生しなくなったりした状態です。

房室ブロック

房室結節に異常が生じて心室に電気信号がうまく伝わらなくなった状態です。
房室ブロックでは非常に不規則な脈になり、失神や心不全、突然死を起こすこともあります。

徐脈の治療

多くの場合で生命に関わることはないので、自覚症状がなければ経過観察のみで特に治療をしないことが多いです。
徐脈により失神を起こす場合や息切れや倦怠感のために日常生活に強く支障がある場合には、ペースメーカーが必要となることもあります。

ペースメーカー

ペースメーカーは鎖骨下あたりの胸部皮下に植え込んだ本体と心臓内に留置したリード線からなり、本体で電気刺激を一定リズムで発生させ、リード線を通して心臓に伝えて心臓を拍動させます。
以前はできなかったMRI撮影に対応したものやリード線がない直接心臓内に植え込むカプセル型のリードレスペースメーカーもあります。
手術は2~3時間程度で、1週間程度の入院が必要です。
植え込み後は3〜6ヶ月に1回外来でチェックをしますが、遠隔モニタリングで自宅でのチェックも可能です。
電池寿命は10 年程度で、電池がなくなると本体を交換します。

心臓再同期療法(CRT)

心不全や心筋梗塞では、しばしば心臓内を電気信号がタイミングよく伝わらないために心臓の収縮タイミングのズレが起こり心臓のポンプ機能が低下します。
CRT は心臓の収縮のタイミングを修正(再同期)することでポンプ機能を改善させる重症の心不全専用のペースメーカーです。
ペースメーカーと同様の手術で、本体の植え込みとリード線を留置します。
心不全が安定している場合で、7〜10日程度の入院が必要です。
電池の寿命はCRT の作動状況により異なり、2~8年程度です。

頻脈(脈が速い)

脈拍数が100回/分より多いのが頻脈です。
電気信号が異常に早くつくられたり、異常な電気信号の伝達路ができたりして電気信号が空回りすることで起こります。
頻脈には「頻拍」と「細動」があり、電気信号の発生が100回/分以上のものが頻拍、250回/分以上のものが細動です。
細動では、電気信号が速すぎて心臓が対応しきれず、拍動が不規則で弱くなります。
心房に細動が起こるのが「心房細動」、心室に細動が起こるのが「心室細動」です。
心房細動は脳梗塞を、心室細動は突然死を起こす危険性があり、もっとも危険なタイプの不整脈です。

心房細動

心臓は洞結節から出る電気信号により60~100回/分程度のリズムで動いていますが、心房細動では、複数の電気信号が心房内を走り回って、400~600回/分の速さで心房が細かく震えるような状態になっています。
約半数の方には症状がなく、脈の乱れ、動悸、めまいなどを感じることもあります。
直接的に生命に関わることはありませんが、心房細動がある人は、脳梗塞が5倍程度、心不全が4倍程度、心房細動がない人より起こりやすくなります。

心房細動の治療

薬物療法

抗不整脈薬により症状の緩和はある程度できますが、心房で起こる異常な電気信号の発生を抑え完全に心房細動を予防することはできません。
薬の種類により、心機能の低下、徐脈、血圧低下などの副作用があり、心不全を悪化させることもあります。

肺静脈隔離術

心房細動の原因となる異常な電気信号は主に肺静脈あたりから起こります。
異常な電気信号が心臓全体に伝わらないように、電気信号の通路を遮断するのが肺静脈隔離術で、カテーテルアブレーション治療(高周波エネルギーを通電して焼く)とクライオバルーン治療(亜酸化窒素ガスを使用してバルーンで冷却焼却する)があります。
通常、4~5 日程度の入院が必要です。

心室細動

心室が細かく震えている状態で、拍動することができず心停止状態になります。
心室細動になると脳への血液供給も不足し、発症から6秒で気を失い、3分で脳は重いダメージを受けます。
突然に意識を失い呼吸がない人を発見したら、直ちに心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行い、AED(自動体外式除細動器)を使用する必要があるのはこのためです。
心臓に病気がある人(心筋梗塞や心筋症、重症の心不全、大動脈狭窄症など)や心室頻拍がある人は心室細動を起こしやすく、遺伝的な要因もあるので血縁者が不整脈で突然死した人がいる場合は注意が必要です。

心室細動の非薬物治療

植込み型除細動器(ICD)

ICD は、拍動を監視し、心室頻拍や心室細動が起こると自動的に電気ショックを与えて拍動を正常に戻します。
ペースメーカーと同様の手術で、本体の植え込みとリード線を留置します。7〜10日程度の入院が必要です。
植え込み後は数カ月に1回程度、ICDの電池残量の確認などのための定期検査が必要ですが、遠隔モニタリングができるICDでは自宅でチェックを受けることもできます。
電池寿命は5~10年程度で、作動頻度が多いと短い期間での電池交換手術が必要となります。

【参考資料】

  • 不整脈薬物治療ガイドライン(2020年改訂版):日本循環器病学会
  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック:日本循環器学会、南江堂、2020年
  • 不整脈の薬物療法:月間薬事、Vol62,No.15:2020年

ホームページ

  • 川崎医科大学循環器内科
  • 国立循環器病研究センター循環器病情報サービス
  • NHK健康チャンネル
  • 心臓血管病アトラス(トーアエイヨー社)
  • 大阪医科大学外科学講座胸部外科学教室
  • 心臓病センター榊原病院
  • 日本心臓財団
  • 名古屋徳洲会総合病院心臓血管外科

心不全通信 No.5「心不全の原因となる冠動脈狭窄と心臓弁膜症に対する非薬物治療」



心不全通信 No5 2021年7月号を公開しました。

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
坂道や階段での息切れは、年齢のせいではなく心不全かもしれません。
今回は、心不全の原因となる冠動脈狭窄と心臓弁膜症に対する非薬物治療について説明します。

心不全通信 No.5 2021年7月号

冠動脈狭窄に対する治療

冠動脈とは

心臓は全身に血液を送るとともに、心臓自体の筋肉に向けても血液を送っています。
その血管を冠動脈といい、大きく分けて右冠動脈、左冠動脈前下行枝、左冠動脈回旋枝の3本の枝に分かれています。
動脈硬化によって冠動脈の壁にコレステロールが蓄積して内腔が狭くなると、その下流の心臓の筋肉に十分な量の血液が流れなくなり、胸の痛み(狭心痛)を感じたり、心臓の働きが悪くなったりします。

経皮冠動脈インターベンション(PCI)

PCI(ピーシーアイ)は、狭くなったり詰まったりしている冠動脈(心臓の筋肉を栄養する血管)を、手首や足の付け根の動脈からカテーテルを挿入して、バルーンやステントという金具で広げる治療です。
2〜3日くらいの入院が必要です。

冠動脈バイパス術(CABG)

CABG(シーエイビージ)は、冠動脈の狭窄があるところを迂回させて冠動脈の血液の流れを改善するために体内の他の場所から迂回させるための血管(グラフト)を移植します。どの血管を用いるかは、狭窄のある冠動脈の状況によって違います。
病変の場所や程度によって、1ヶ所だけでなく、複数ヶ所に血管を移植することがあります。
合併症や併存疾患のために長引かない限り、2週間くらいの入院が必要です。

弁膜症に対する治療

心臓の4つの弁

心臓は、4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)に分かれていて、全身に血液を送っています。
全身に血液を送り出す時に、心臓の収縮や拡張によっても血液が逆流しないように、4つの弁(大動脈弁、僧帽弁、大動脈弁、三尖弁)があり、この弁により血液は心臓の4つの部屋を一方通行で流れます。

心臓弁膜症には「狭窄」と「閉鎖不全」ある

心臓弁膜症には、弁の開きが悪くなって血液の流れが悪くなる「狭窄」と、弁の閉じ方が不完全で血液が逆流する「閉鎖不全」の2つのタイプがあります。

大動脈弁狭窄症

左心室と大動脈の間にある大動脈弁が加齢や動脈硬化などで硬くなり、うまく開かなくなっているのが、大動脈弁狭窄症です。
軽症のうちはほとんど症状がありませんが、進行してくると胸が痛くなる(狭心痛)、息切れ、動悸、むくみ、つかれやすい(心不全の症状)、意識を失う(失神)などの症状がでてきます。

経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)

TAM (タビ)は、開胸手術をすることなく、カテーテルで大動脈弁狭窄を治療する方法です。
足の付け根の最径部からカテーテルを挿入し、折りたたんだ人工弁を大動脈弁の位置に運び、バルーンを膨らませて人工弁を留置します。1週間くらいの入院が必要です。

僧帽弁閉鎖不全症

左心房と右心房の間にある僧帽弁がうまく閉まらなくなって血液が左心室から左心房へ逆流してしまうのが僧帽弁閉鎖不全症です。
心臓は全身に十分な血液を運ぶことができないので、惓念感、息切れ、動悸、呼吸困難、顔面や下肢の浮腫などの症状がでて、心不全の原因となります。
病気が進行して心臓の機能障害が進むと内科的治療を受けていても、日常活動能力の改善や術後の心臓の回復に影響がでます。

僧帽弁閉鎖不全の治療の基本は開胸手術です。
高度の血夜の逆流があって、それが心不全の原因である時は、適切なタイミングで手術治療が必要です。
合併症や併存疾患のために長引かなければ、2週間くらいの入院が必要です。

経皮的僧帽弁接合収縮システム(MitraClip)

MitraClip(マイトラクリップ)は、大腿の静脈からカテーテルを挿入して、心室中隔を介してデバイスを左心房に運び、僧帽弁の前と後の接合が悪い隙間をクリップで閉じることで、僧帽弁の逆流を減少させる治療です。
MitraClipは、開胸手術が難しい時に検討する治療法です。

【参考資料】
ホームページ:

  • インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス(トーアエイヨー社)
  • 急性心筋梗塞.com(日本心血管インターベンション治療学会)
  • 川崎医科大学循環器内科
  • 九州大学病院心臓血管外科
  • 国立循環病研究センター病院
  • 千葉大学病院心臟血管外科
  • 倉敷中央病院心臓病センター循環器内科
  • 心臓病センター榊原病院
  • 日本心臓財団
  • Abott社 経皮的総望遠接合不全修復システム-MitraClip NTシステム

書籍等:

  • 経カテーテル的大動脈弁植込み術(TAV)を受けられる患者さんとご家族へ(日本メッドトロニクス社患者向け冊子)
  • 心不全療養指導士認定試験ガイドブック、日本循環器学会、南江堂, 2020年

心不全通信 No.4「心不全増悪の誘因」



心不全通信 No4 2021年4月号を公開しました。

心不全とは

心不全は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなって、生命を縮める病気」です。
心不全は完治することはなく、悪化と緩解を繰り返しながら、少しずつ進行してゆきます。
心不全の進行を遅らせるには、心不全の悪化を繰り返さないことが大切です。

心不全通信 No.4 2021年4月号

心不全増悪の誘因

心不全増悪の誘因には、医学的誘因と生活関連誘因があります。

医学的誘因

心臓自体への血液の供給不足

動脈硬化があると心臓自体への血液の供給に不足を起こすことがあります。
動脈硬化に繋がる高血圧、糖尿病、脂質異常症などをきちんと治療し、禁煙することが大切です。

不整脈

不整脈には危険性の低いものとそうでないものがあります。
危険性の高い不整脈の1つに心房細動があります。
不整脈に伴う症状(突然の動悸、脈が飛ぶ・乱れる、めまい、ふらつき、急に目の前が暗くなる、意識がなくなるなど)がある時は受診しましょう。

貧血

貧血があると全身に必要な酸素の供給が不足し、全身倦怠感や疲れやすくなります。
慢性腎臓病の合併によるエリスロポエチン(赤血球を作る指定を出している物質)の低下、骨髄の造血能力の低下、鉄の欠乏などが貧血の原因です。
貧血の傾向がある時は、鉄分の多い食品を食べるように心がけましょう。

感染症

感冒やインフルエンザ、肺炎、膀胱炎などの感染症にかかると心臓の機能を抑制することになり、心不全の増悪につながります。
インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを接種して感染症を予防しましょう。

生活関連誘因

心不全のセルフケアにより、心不全増悪による入院の多くは回避することができます。

薬をきちんと飲まない

心不全の予後を改善する薬の中断は、心機能を低下させたり、心臓の負担(血圧上昇、頻脈など)を増したりして心不全を増悪させます。
薬を飲みたくない時、飲み忘れてしまう時は、医師・薬剤師・看護師に相談しましょう。

塩分の過剰摂取

塩分の摂取が増えると血液中の水分が増えて循環血液量が増えます。
循環血液量が増えると血液が上昇し、心臓への負担が増し、心不全が増悪することがあります。
慢性心不全の人の減塩目標は6g/日未満です。
上手に減塩する方法を知りたい時は、医師・看護師・管理栄養士に相談しましょう。

水分の過剰摂取

医師からの指示がなければ、厳密な水分摂取の制限は必要ありません。
1日尿量よりも飲水量が多いと循環血液量が増えて心臓の負担が増加するので、1日の尿量を超える飲水は控える方が良いでしょう。

活動しすぎ

適度な運動は、日常生活の維持・拡大に有効で、予後の改善にもつながります。
過度な活動な、心拍数を増やし、血圧を上昇させ、心臓への負担を増やして心不全を増悪させることがあります。
適切な活動量は心不全の状態によって異なります。
あなたにとって適切な運動量・活動量を知りたい時は、医師・看護師・理学療法士に相談しましょう。


横向きにすると、パソコン版になります。